会議室に居る。そう聞いて伯芳は李を訪ねた。
例の五人組の動向、金の流れ、鹿野組の下部組織の動向が粗方知れたからだ。
身の程知らずにも双龍頭の上前をはねようなどと目論んだ為に、やがて消される取るに足らぬ命の事で李を煩わせるのは躊躇われた。他愛もない小事で、一々李の貴重な時間を潰す必要はない。
副香主である伯芳の判断で、この件は進めて来たが、それも直終わる。結果報告だけはせねばならない。本日の訪問はそんな理由だった。
会議室で執務中なら、丁度良い。長い時間は潰さずに済むだろう。
ドアを開けると、床に李が転がっていた。
予想外の景色に慌てて駆け寄ると、灰色の冷徹な瞳の一瞥が投げつけられた。
「住嘴。(うるさいぞ)」
床に手をついて李を見下ろす。床に転がる体に何らかの異変を捜して目を配る。が、到って健全なその体のどこにも、異変を見つける事は出来なかった。
穏やかな呼吸にも、顔色にも表情にも、苦痛は見受けられなかった。
「どうした?何をしているんだ、朝民…」
「良く、こうしたな」
いつにない、ゆるゆるとした物言いに、息を呑む。
不意に時間が遡った。
子供の頃、李と伯芳と……都新、炎、鎮華……皆で、良くこうして転がって眠った。
その場所は叢だったり、倉庫の中だったり、港だったりしたが、やる事はこれだった。
全員揃って空を見上げて寝転がる。それぞれが、それぞれの体のスペースだけを空けて寝転がる。誰か一人が寝返りを打つと、その手足が触れ合って、それが笑いを生んだ。転がっては笑い、笑っては転がった。
皆が揃って居ると言う実感が、暖かさと安堵を生んでくすぐったかったのだ。
思えば、短い安堵の時間だった。恐らくは数ヶ月…いや、一月程の期間だったかも知れぬ。
すぐに双龍頭内の抗争は激しくなり、無防備に往来に寝転がるなどと言う真似は出来なくなった。共に行動し、共に眠りはしたが、それは純粋に用心の為だった。生き延びる為の本能だった。
短期間の子供達だけのじゃれ合いだった。危険とは切り離された、子供だけの楽園だった。咎める者の誰とてない、楽園の眠りだった。
それもみな、遠い昔のことだ。
「具合が悪いのか?」
「いや」
「しかし…」
「ずっと同じ姿勢で居たので、身体を伸ばしていただけだ」
李は、冷徹な灰色の双眸を今は閉じている。印象的な瞳が閉じている制で、酷く穏やかな表情だった。
伯芳は、李の隣にそっと横になった。
両手両脚を伸ばして、ころりと床に寝転がる。そこに拡がる景色は、青空ではなくパネル天井で、背を受け止めるのは柔らかい叢ではなく、硬くて冷たいリノリウムの床だった。
中腹で起き上がる。
「朝民、これは身体に良いとは思えない。どこかが凝っているなら、俺がマッサージをしよう。」
微かに息を呑む音と、その後の苦笑。
李の乱れのないしなやかな呼吸が揺らぐ。不意に叢に寝転がる少年の笑みが甦った。
草いきれ、触れ合う体。奇妙な連帯感と安堵感、そして、弾ける笑い声。
伯芳は久々に聞く李の笑い声に、黙って聞き惚れていた。
「まったくお前は無粋だ。お前らしいよ。
―――お前は昔から一緒だな。何も変わらない、伯芳」
それが誉め言葉なのか、叱責なのか揶揄なのか、分からぬままリノリウムの床に再び転がる。
床はやはり、硬くて冷たかった。