★★チョコレート・トースト★★


 さっぱり捨ててしまおう。ただそれだけ。
 
 気が付いてから、ずっと邪魔だとしか感じた事が無かった。
 自分を大事にしろとか、売り物にするなとか、守って行かなきゃいけないとか、そんな使い古された貞操観念はもう沢山。何の役にも立たないし、良い事なんて、精々ミョウな病気を貰わない事くらい。
 私は元々丈夫に出来ていて、日和見感染なんて全然恐くない。一時期恐れられた「ようこそAIDSの国へ女」とか男とかも、私は絶対伝染らない自信があるもの。
 大体現在の日本の貞操観念なんて、戦後の意識大革命の名残のようにして、貞淑を良しとする古臭い男女に広められた物だ。日本古来の性意識は、詩を詠んで返歌を貰えば、夜這いをして良いと言う常識によって成り立つ物なのだから、もっと開放的だったに違いない。
 女は二夫にまみえずなんて、きっと余程男に縁のない、ブス女が言った事に決まっている。
 それなのに。

 昨日、私は28になった。
 女、28才。花の独身。それなりにキャリアウーマンで容姿だって十人並み。BWH80/60/90。スタイルだって悪くない。でも。
 処女。
 依然として処女。ヴァージン。不通女(おぼこ)。言い方はどれでも良い。表す事柄はたった一つ。男との経験が無い女。そう言う事なのだ。
 別に好んでそうした訳じゃない。ただ何となく機会がなかったと言うだけ。今迄付き合った事が無かった訳でもない。そこに至るまでに別れてしまったと言うだけ。
 いつ頃からか、それを邪魔と感じた。それ迄は気にした事も無かったのに、気が付いた途端、それは重りになった。
 それ。イコール、処女。
 何がどうと言うのじゃない。ただ、ジジババが素晴らしい事だと言い放つ貞淑を、私はいつか口に出来なくなった。
 だから決めたのだ。
 重りは捨ててしまおう。さっぱりと捨ててしまおう。
 ただ、それだけ。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 そして今ここに居る。
 場所は新宿のラブホテル。私の部屋とは違う、ピンクで統一された小さな空間。
 私が今、裸の上に掛けている薄手の布団もピンク。背後の大きなベッドもピンク。ベッドの頭部には控えめにランプボックスが有って、必要な物が全部収められる小引き出しまで、きっちり付いている。そして。
 その上には大きな鏡。
 このベッドを使おうと決めたこのホテルのオーナーは、絶対スケベオヤジに違いない。
 
 初志貫徹は容易かった。ただ、問題だったのはその相手だった。
 仕事や人間関係がややこしくなるのはノーサンキュウだから、職場の男達は真っ先に外した。私に気がありそうに見えるコなんて特に、真っ先に外した。
 男友達だって猛烈に外した。つき合いが長いのに、今更そんな事になったら、誰に知られるか分かったモンじゃない。何を言われるか知れた物じゃない。そんなの全部ウザいから外した。
 外したら、何も残らなかった。
 友人は友人。職場は職場。人間の関係って、この二つを外してしまうと、驚くくらい何も残らないのだ。深い溜息が出た。
 男は良いわねえ、風俗があって。
 そこまで考えてやっと思い当たった。そ。女にだって有るのよね、疑似風俗。
 だから、新宿に行った。女達の風俗、ホストクラブ。私は軒を連ねる華やかなネオンから離れて、小さなホストクラブから、一人のコを選んだのだ。
 
 小さいけれど、ムードの良い店だった。狭いスペースは客に満たされていて、どのホストもフル稼働だったみたいに思う。男の子達はざっと10人くらいで、どの子もまあまあそれなり。小さなホストクラブにしては、多分相当質は良い方だと、素人ながら感じた。
 バーとホストクラブが半々の変わった作りで、目立つコが何人か居た。一人はバーテンダーで範疇外だったけれど、背の高い黒髪のホスト君は、顔も、立ち居振る舞いも私の中では正直近年出色のデキだった。
 馬鹿騒ぎが常識だと思っていたホストクラブの中で、彼の周囲だけは何となく上品で、ムードがあった。こう言うのを華があると言うんだろうか。取り立てて何が特別と言うのは分からないけれど、くつろげて話が出来るような、そんな雰囲気を持ち合わせていた。紳士で大人で、でも、だから私は選ばなかった。
 紳士で、知的で穏やか。それで上手くリードしてくれたら、普通は最高だと思うのかも知れない。けれど私は、それが嫌だった。何か酷く、自分が傷付きそうな気がしたのだ。
 あんな人に、処女だって事、驚かれたらどうなるだろう。彼が本当に大人で紳士なら、余計優しく扱ってくれるかも知れないけれど、もし驚かれたら。私、割とマジで傷付いてしまう。
 そう思った私自身にちょっと驚いた。何だろう私、コンプレックス?
 子供だったら、完璧な物を欲しただろう。自分のマイナス面などさておいて、最高の品物を欲する事に、躊躇いなんて無かったろう。でも、今の私は。
 相手の目に写る、自分が恐かった。完璧で無い自分が見下ろされる、その事の方が恐かったのだ。
 だから私が選んだのは。
 亮と言う名の金髪のコだった。
 黒髪のホスト君とは全く反対の個性。子供っぽくてあけすけで、負けず嫌い剥き出しな新人君。どうやら「ヘルプ」と言う存在らしく、何かと言うとヘルプ風情が、と、他のホストにからかわれていた。
 その度に本気でちょっとムッとして、慌てて自分を切り替えているのが、私の目に何だか嬉しかった。
 綻びだらけのこのコなら、きっと驚かれても「酷いっ!」の一言で終わらせられる。傷付いても、しょうがないか、と自分を立て直す事が出来る。
 穴だらけで、やんちゃ坊主のようなコだったから、自分を安全圏に押し上げてくれる、そんな気がしてそのコを選んだ。
 そう、本当は趣味じゃないのに、保身の為に、きっと私はそのコを選んだのだ。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 「枕ホストって言うんだってさ。」
 亮は私の隣に潜り込みながら、悪戯っぽく言う。枕元に付いた灯りのスイッチを消そうとする私の手を押し止めて、にやっと笑う。歯並びが綺麗だった。
 「見えなくなっちゃうだろ。意地悪すんなよな〜〜〜、………え〜〜と……。」
 「琴音。」
 何て事だろう。一緒のベッドに入っているのに、相手の男は私の名すら知らない。
 私も随分、進歩的になったもんだわ、と苦笑すると亮が再びにやっと笑った。
 「琴音ちゃん。……呼び捨てが良い?」
 「………どっちでも。」
 真剣勝負の始まりよね。私は内心で自分にそう言い聞かせた。
 やっちゃえば処女なんてパア。こっちの物だわ。黙っていれば、多分このコは気付かない。背伸びをして、上級の経験者ぶって、この場をやり過ごせばそれっきりの関係だもの。後から何を言われようが、痛くも痒くもありゃしないし、第一何を言われる機会だって、もうありゃしないんだわ。
 私の儀式。私は精一杯の余裕の笑みを彼に向けた。
 動きで布団がはだけた私の胸に、亮がそっと唇を落とす。私の手を掴んだ亮の手も、触れただけの唇も、私より大分熱い。男の子の方が体温が高いんだなあと、不思議に落ち着いた頭の中で思った。

 選んだのは、亮。金髪の勝ち気そうな容貌のコだった。
 ホスト達の標準の栗色の髪の中で、黒髪のホスト君と、この子のこれでもかと言う程の金髪が、何だか凄く私の目を引いた。拗ねた子供のような言葉と態度と、底抜けに明るい瞳がちょっとそそったのかも知れない。
 程良く焼けたトーストみたいな肌色の亮は、スーツ姿では細っこく見えた。でも、脱ぐと予想より肉厚で、引き締まった腹筋は六つに割れている。
 「ミルクチョコレート。」
 「んあ?」
 「亮のお腹。色も形もミルクチョコレートみたい。舐めると甘いの?」
 亮は自慢げに腹をつき出して見せる。私はこんな事慣れているのよ、と言わんばかりに暖かい肉に口付けをした。
 「何が……枕?」
 両手が私の胸を這う。慣れた仕種で弾力性を確かめて、指先で乳首をつまみ寄せる。触れた唇から、濡れた感触が伝わって、私は言い訳みたいに聞いた。
 ちゅっ。
 人の唇の立てる音が、こんなにいやらしい物だとは知らなかった。二つの突起に順番に頬を寄せ、確かめるようになぞる舌と、吸い寄せる形の良い唇が奏でる音がぞくぞくと背筋を伝う。見下ろした自分の胸の上には、目を伏せた悪戯っ子の姿があった。
 やだ。このコったら、私より全然綺麗じゃん。
 「ん………。」
 不意に頭をもたげる妙な対抗意識の中で、人の手の招き寄せるくすぐったいような感触に身を任せる。
 私だって、十人並み以上の自信はある。顔だって、目も鼻も口も、そんなに欠点はないよ。でも、亮みたいに睫毛、長くない。
 「客と、こう言うコトしちゃうホストの事。」
 「え………?」
 「枕……ホ・ス・ト。でも俺、いつもしてる訳じゃないぜ。凄く俺のタイプだったから………琴音」
 濡れた感触が、ゆっくりした台詞と共にずるずると体を這い降りる。あばら、臍、腰骨と軽いキスの音を残して、亮が私の体に潜り込む。低い言葉は私の股間でぷつりと途切れた。
 「んふ………っ。」
 良く知っている、初めての筈の感覚が、股間から這い上る。初めてそこに感じる他人の体温が、私の部分に触れて動く。
 反射的に閉じようとする脚をしっかりした掌が押し留めて、顔を押し付けてくる。吐息が太股にぶつかって、声が漏れた。
 どう反応するのが良いんだろう。喘げば良いのか、クールにすれば良いのか、それとも要求とかした方が良いのかな。分からずに半分声を呑み込んだ。
 ぺちゃぺちゃと、湿った音が上がる。自分のどこが感じるかなんて言う事は、未経験の私にだってちゃんと分かっている。自分の体の入り口の押しボタンくらい、分からない筈がない。
 でも。
 「ふん……っ。……ん、ん。」
 何でこのコが分かるんだろう。
 慣れた舌は、的確に私の弱い所を突いてくる。花心の先端の突起。形は男性器と同じだと言われる、女性の普段は隠された部分。弄ぶように転がして、音を立てて吸い上げる。それら凡てに翻弄される。
 不意に、柔らかい唇の感触がもっと力強い物に変わる。それが亮の指だと気付いたのは、今迄私を愛撫してくれていた唇が、直ぐ目の前にあったからだ。唇が合わされる時、独得の匂いが鼻先をかすめる。それが自分自身の匂いなのだと気付いて、体が熱くなった。
 亮の唇にむしゃぶりつく。引き締まった体の背に、腕を回す。首に落ちてくる亮のワンレングスの髪の先が微かに濡れているのも、私に触れていたからだと思うと、不思議な独占欲が湧いた。
 私にもっと触れて、そして。
 私も、貴方にもっと、触れたい。
 「はっ……。」
 思わずきつく触れた私の掌の中に亮が息尽く。耳許に有った口が小さく、優しくしてくれよ、と呟く。ほんの少しハスキーな、その声までが媚薬のようだった。
 「ご免……んっ…」
 掌を使って、彼の形をなぞる。下から包み込むように辿って、僅かに先細りになる部分を感じて指を絡める。確かな存在感が私の掌の中にあった。
 年が年だから、当然様々な情報が頭の中には詰まっている。男の部分の形も大きさも、知るだけは知っている。でも、知識と現実ってやっぱり違うのだ。
 掌の中で張りつめるそれは、何かやはり異質だったし、不慣れでたどたどしい私の掌でも、感じてくれる存在は、暖かくて愛おしくもあった。
 恐る恐る両手で包んで顔を寄せてみる。促すように体を変える亮の懐に潜り込んで、そっと口を寄せる。既に湿っているそれは、散々人から耳に流し込まれた匂いがした。
 口付ける。次にゆっくり舌を絡める。やり方は知っている。勿論聞きかじった知識でだけど。
 半分背伸びする思いで、舌を絡めて口の中に誘い入れる。逡巡して見上げた視界に、上気した亮の顔があった。
 「ん……」
 胸毎、亮の体に抱きつく。ご挨拶程度に口で試してみたけれど、やはり上手く行かなくて、誤魔化すように彼の体にまといつく。大きな掌が私の尻を掴み寄せた。
 「琴音の体、ヤラシー……」
 「亮だって……」
 粗い吐息が絡みつく。二人分の、声にならない喘ぎと、湿った体が立てる音が、室内を満たす。
 相手の快感が、自分の快感になるんだ。私はそんな感覚に驚きながら、亮の体を引き寄せる。不意に金色の彼の頭が、勢い良く持ち上がった。
 上半身を立ち上げて、私の体の中央に割って入り、両脚を両腕で開く。覚悟は出来ていた筈だったのに、ちょっとばかり驚いた。今迄とは違う。
 いや、ちょっとじゃない。こんなに脚を開かないと入れられない訳?
 「ちょ、待って……」
 慌てる私に、亮は気付かない。粗い吐息が私の耳許に絡みつく。充分に濡らされたそれが、私の入り口に合わされて、ゆっくりと前進する。前進して………
 私は亮の胸板に力一杯両腕を突っぱねた。
 「待って、亮! 私、初めて……」
 「は………はァっ?」
 遅かった。亮は既に私の力に抗って、精一杯力を入れていて、気付いて押し留まった時は、既に中頃まで私の中にいた。
 

 痛いって言うけど、本当に痛いのだ。何と例えたら良いか分からないけど、入れ物じゃない場所に、無理に物を詰め込んではいけない、と言う教訓のような痛さである事は確かだ。
 唐突に黙り込んだ私の上で、亮は短い呼吸を繰り返す。瞬間、相当に退いた彼の気持ちがビンビン伝わって来た。
 男性にとっては初めてと言うのは、土壇場で言われると相当キツい物だと聞く。人によっては喜ぶ向きも有るらしいが、大体は相当マイナスで、楽しめると思っていた一夜が奉仕に変わるとがっくりする人間が多いそうだ。
 ああ、何で言っちゃったんだろう、と後悔するが遅い。軽くパニックになった言う事を聞かない頭が、馬鹿正直に弱点を吐き出してしまうなんて。しかも事の真っ最中に。
 黙っているつもりだったのに。上級者になりきったつもりだったのに。
 私も結局肝っ玉の小さい正直者だ。はっきりしたやんちゃ坊主の亮が、どうするかなんて、もう分かり切っていた。
 ふざけるな。ヤル気満々でいたのによぉ。冗談じゃねーぜ。
 そんな捨てぜりふで途中放棄されるに決まっている。そうだよね、きっとそうだわ。流石にそれは……ちょっと傷付くなあ。
 縋るように見つめる私の視線の先で、案の定、先程まで私の体に優しかった形のいい唇は、ふざけるな、と呟いた。
 「ざけんなよ。今更よぉ。」
 「……ご免…ね。でも私………」
 はぁっ、と亮の熱い吐息が頬に触れる。汗で湿った右手の指が、そっと私の唇に押し付けられる。黙れ、と言う仕種に、私は仕方なく押し黙った。
 「言うのおっせー。遅すぎ。リミッターオフ。……ここ迄来て無しって言われても俺、とまんねーよ。
 ゆっくりやるから……ヤラシテ。」
 何故か、胸がきゅん、となった。
 ぶっきらぼうな言葉と、快感と逡巡の狭間で微かに歪む表情に、心の奥がぽっと暖かくなった。
 「……うん。」
 滑らかなトースト色の体に腕を回す。思い切り、抱きしめる。
 「うん。ヤって。して。ゆっくり。……ちゃんと。」
 喘ぎ混じりの呼吸が絡みつく。私はその呼吸を自分の中に招き入れた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 何だかんだ、割と色々やってしまった。
 最初の一回は、流石に痛くて何が何やら良く分からなかったけど、インターバルを置いて再チャレンジした2度目はそれ程の苦痛もなく、事の次第を呑み込む事が出来た。
 男を受け入れた時、自分のどこら辺がどう感じるのか迄は、まだ全然分からない。でも、亮の触った胸もあの部分も、熱くてびりびり来たから、ちゃんと感じるんだと言う事はとても良く分かった。
 亮が舌打ちして、本当にチョコレートセックスじゃネーかとぼやいていた意味は後から知ったけど、それは仕方ない。
 ピンク色のシーツが一枚、相当な勢いで駄目になったのは、私の知った事じゃない。これだってラブホテル代の一部なんだから、遠慮する事はないと、私は瞬時に開き直った。
 ホスト君もラブホテルも、そしてこう言う交わりすらも全部初めてなんだから、感じられるだけ感じて楽しまないと、勿体ない。初めては一生に一度なんだから。
 
 どれくらいそうしていたのか、目的を果たした満足感と、微妙に空虚な思いの中で、私は枕元の鏡を見上げた。
 儀式の最中は全く気にする事もできなかった小道具は、何も言わずに全裸の私を映し出している。
 このベッドを使おうと決めたこのホテルのオーナーは、絶対スケベオヤジに違いない。そう思った大きな鏡。私はそこに自分の姿を映し出して、さっきとは全く違った感想を抱いていた。
 ホテルのオーナーは女かも。意識の表層でそんな事を考えて、苦笑して鏡の自分に目線を絡める。
 何も変わった訳じゃないけれど、何かが変わっている気がした。自慢のバストも、ちょっと大きめの腰のラインも、今迄と同じだけど何かが違う気がした。もし、違うと思えるのなら。
 変わったのは体じゃなく、心だ。
 余りな迄の単純さに、却って首を傾げる。ホストクラブで拾ったコと寝て、心の重りが消えちゃうなんて普通は有り得ない。ジジババ言う所の腰の軽い女っぷりで、何で重りが無くなるのか、今更凄く不思議だった。
 そして不意に気付く。
 馬鹿みたい。あれ程貞淑、貞節クソ喰らえと思っていた私が、処女を滅茶苦茶コンプレックスに感じていたなんて。古臭い良識と馬鹿にしていたその拘りが、却ってコンプレックスになっていたなんて。
 この胸も腰も、今迄は男に認められて居ないと言うコンプレックスで、私は縛られていたのだ。縛られて苦しくて、それが重りになっていたのだ。
 何の事はない。経験してみて初めて、拘る事でもないと気付くのは、私らしくて物凄くおっちょこちょいだ。
 鏡の中を覗き込む。つい、微笑んで、鏡の世界から現実へ、視線を走らせる。
 良かった。
 私の横ですうすう眠るトーストの顔を見ていたら、さっきのぽっとした思いが蘇った。
 彼からすれば、ただの正直な言葉だったに違いないのに、トウの立った処女の心一つ、救ったなんて知ったらどんなに驚く事だろう。ちょっと可笑しくなった。
 貞節クソ食らえも、尻軽も、コンプレックスも、みんな私の人生。悩んだのも割り切ったのも全部私。後悔は無かった。
 
 眠る亮の隣に潜り込む。
 私より高い体温のまどろみに引き入れられるように、目を閉じる。
 起きたら、言って見よう。
 ねえ、チョコレート・トースト。時々は私の枕になってよ。
 はっきり渋い顔をされても、私は多分傷付かないだろう。あの「ぽっ」が心の中に残っている内は、多分平気でいられるだろう。
 何となく、そう思った。
 


終わり

 


取り敢えず、見本。
作中にAIDSなどについての描写がありますが、あれは誤りですので、信じてはいけません。