「マジ?」 冬の気短なお天道様が、空のてっぺんから駆け下りる。まだ時計は午後になったばかりだと言うのに、辺りはぼんやりとした白い夕暮れに包まれる。暮れない昼、晴れない夜。この適当な白さはそんな曖昧な言葉で表せそうだった。 食事を終えてから、たわいもない話で盛り上がった。よく食べて良く喋る亮と一緒に、私はここ何年か分を合わせたよりもっと、うるさい声を立てて笑った。らしくもなく浮かれ気分で、ずっと年下のホストの腕に絡みついて、それこそ紛れもなく楽しんだ。 そう、店を出てあんな景色を見るまでは。 「何よ、怖じ気づいちゃったの? 亮ちゃ、ん。 俺を満足させられんの、おねーさん、なぁんて言ってた癖に。満足させて上げるわよ私。プロだもの。」 「何だよ、いきなり?」 亮は思ったより、カンが良い。それを誤魔化そうとはしない純真さと、隠そうとはしない残酷さも併せ持っている。眉間に浮かぶ皺は、紛れもなく彼の疑惑で躊躇で、それがはっきり伝わるのが鬱陶しい。 黙って付いてくればいいのよ。ただでヤらせて上げるって言ってるんだから。 亮だったら絶対何言か返してきそうな台詞を呑み込んで彼の腕を取る。半ば強引にそのままホテル街にもつれ込む。気の早いこの街の一角が、もう準備している夜の片隅に強引に潜り込む。見通しの悪い玄関脇の、黄色がかった各部屋の写真の中から見もせずに一つを選んでボタンを押す。フロントに鍵を持つ手が覗いたのを、私は顔も向けずにひったくった。 慣れた動作に迷いはない。躊躇いなど微塵も無い。後は小さいエレベータに乗り込んで、たった一階かそこいらを上がるなり降りるなりして、私の楽園に転がり込むだけ。そう、楽園に。私にとって何もかも忘れていられる唯一の、楽園に転がり込むのだ。 唇に何かが触れて、私は目を上げる。 目の前に、亮の金髪があった。整った眉と、長い睫毛。軽く目を閉じて顔を寄せる彼の背後で、素っ気ない灰色の扉が開く。ちん、とエレベータの到着音が鳴って初めて、私は悪戯坊主にキスされたのだと知った。 「何をイライラしてんだか。そんなこって俺を満足させられんのかね、おねーさ、ん。」 挑むような笑顔。悪戯小僧そのままの、勝ち気で楽しげな表情がそこにあった。 一つしか目的のない城に入った事に、とうの昔に順応したよと言わんばかりののびのびとした笑顔が私の目の前で翻る。私を置いてきぼりでエレベータから出て行こうとする彼の腕に腕を絡めると、満足げな笑顔が私を迎えた。 「そうそ。そのチョーシ、そのチョ−シ。」 こいつ。 子供の扱いなどお手の物。何しろ私はこの道のプロなのだ。
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