15:30 新宿ツインタワー8F、料亭「禅膳」 何度も伝えたはずのスケジュールを、野郎はあっさりと無視しやがった。 一体! 何度この俺が! この会合の重要さを奴の耳に無理矢理流し込んだと思ってるんだ! 子供でも暗唱出来る程何度も唱えた呪文だ。それをこのザマとは。これだからあの馬鹿は!! この会合の為に、どれだけ下げられない頭を下げ、実弾を使ったか、奴には全く分かっていない。 良く分からずにいられるものだ。しかしそれも奴なら当然だ。当然分からない。何せ鈍い。 中枢が二つある爬虫類は、頭を吹っ飛ばされても生きている。奴は正しくそれだ。自らの生死にも気付かぬ者が、それ以外の事に気が回る訳がない。 先方が食事も終え、そろそろ苛立ち始めるのを察して、俺は口火を切った。 「本日はどうも……」 「お待たせした」 俺の言葉に被せられた声に、ドキリとして戸口を振り返る。首を軽く片手で押さえて近づく大男が視界を占領した。 「ヤボ用で時間を取られた。申し訳ない」 目の前に座る政治屋が顔色を変えた。 政治屋だけではなかった。押さえた首にはっきりと映える鮮血の赤い色は、その場の全員の言葉を奪ったのだ。 勿論、俺も例外ではなかった。 大男は、何もなかったように所定の位置に腰を下ろすと、凄みのきいた顔を笑いに歪ませた。 「"禅"か。なら、俺の落ち度も堪えて頂けるか」 政治屋が気圧されてうなずく。 先程までの勢いも苛立ちも掻き消えて、巨体の前に太った身体を縮めて黙り込む。 新しい煙草を咥える男に、俺は火を差し出しながら思わずにはおれなかった。 まったく、あんたって奴は。 これだから、馬鹿には叶わない…だな。沙門さん。 |