Happy Birthday


 

 
 今日はあんたの誕生日か?
 

 たまたまやって来た沙門がそう言った。

 プレゼントだパーティだ、やれ記念日だなどと言う世間一般の恋人達の営みとは、全く無縁と覚悟している穂邑の耳に、それは新鮮な響きだった。
 沙門と言う男には、一般的な要求が通じる道理はない。誕生日等と言う言葉はただの単語で、道端に落ちている紙切れ同様に意味を持たぬ。風が吹けば飛んで行く程に軽くて、取るに足らない物なのだ。
 生まれた日がどうした。それが何だ。クソ汚いこの世に生まれ落ちた日が、何か目出度いのか。
 沙門の答えなど、どうせそんな類いだ。
 だから、穂邑は誕生日の事は一切口にしなかった。
 そんな意味もない言葉を沙門に囁いて、馬鹿な奴だと思われるのが怖い。面倒くさい奴だと呆れられる事が怖い。それで沙門が彼を振り返らなくなる事の方が、彼にはずっと恐ろしかったのだ。

 沙門の口から出た「誕生日」と言う単語。それだけで穂邑の胸は躍っていた。
 「………あ、ああ、そうですね。僕も忘れてました。」
 かろうじて、取り繕う。予想外の先制パンチに膝が笑っている事など知られたくはない。
 「そうか。」
 大きな体が、どさりとソファに沈み込む。普段から無口な沙門の沈黙がぎこちなく感じられ、唇の端を引き絞った表情が不機嫌そうに見えて、穂邑は不安になった。
 取り敢えず灰皿を用意するが、チェインスモ−カーの沙門はそれにも気付かない。煙草と珈琲はセットだそうだから、それが不機嫌の理由かと、慌てて席を立つ。
 「ああ、ボウヤ……」
 「ご免なさい沙門さん、珈琲……」
 二つの言葉がぶつかって双方が押し黙った。
 こうした時の対処方は、嫌と言うほど分かっている。にっこりと笑って軽く詫び、相手の言葉を促せばよいのだ。それが正しい。だが、それより早く次の攻撃が来た。
 「何か欲しい物でも有るかよ。」
 ぶっきらぼうな物言い。穂邑は耳を疑った。
 ソファの足下から立ち上がった、中途半端な体勢のまま、不機嫌そうに座っている男の顔を見つめる。鋭い三白眼は、どこかよそを見ていた。
 こう言う時の沙門は、絶対に穂邑の方を見ない。自然に首をやると見える辺りの壁やカーテンやTVや飾り棚、そちらに目線をやったまま、決して穂邑に視線をくれる事はない。
 安堵の溜息と、笑みが一緒に吹き出した。
 「沙門さん。」
 「おう、何だ。」
 「だから、沙門さん。」
 「あ?」
 怪訝そうな目が合わされる。ワイシャツのボタンを外し、襟首のネクタイを緩めながら向けられる尖った瞳を、穂邑は満面の笑みで迎え入れた。
 「欲しい物は沙門さんです。くれるんでしょ? 沙門さんから聞いたんだから。
 …凄い。こんな大きなプレゼント、僕貰えると思ってなかったよ。」
 「……おい…。」
 三人掛けと言いつつ、沙門一人で一杯のソファに飛び乗って、男の手からネクタイを奪う。引き抜いて胸元に手を這わせる。確かな存在感がそこにあった。
 誰がやると言った。
 そんな低い声が聞こえたような気はするが、もう気にしない。

 今日は僕の誕生日。貴方が僕のプレゼント。
 貴方が来てくれた、その事がプレゼント。
 それだけで充分。
 


 
THE END

 
てゆーか穂邑さん。「それだけで充分」って言う顔じゃないじゃないですか。ヤル気満々つーか、…黒穂邑?

★オマケ★