見晴らしが良くなった。草薙は思う。
列車の窓から見えるのは、彼の記憶に残る景色より数段見晴らしが良かった。
何処までも平らで、何処までもモノトーン。
彼の生まれ故郷は、黒く焦げた大地の果てにあったのだ。
まだ走り回れた幼い時代があった。記憶に残る限り、一番満たされた時代。幼なじみと共に「探検」と称して転げ回った町。畑と木々と雑草の森と、数え切れぬ程の謎と夢の地。
見慣れた家並みは凡て消えていた。見渡す限りの黒ずんだ瓦礫と白茶けた地面の果て。荒涼と広がる焼け野原の果て。列車とは名ばかりの、人間の箱詰めの中に納まって彼は考えた。
家はこんなに遠かったのだろうか。
人と人の間に埋もれる視界には、妙に青い空が過ぎて行く。
自分は何をしに行くのだろう。
何を求めて。
何故。生きているのだろう。
玉音放送なる物を、蝉の鳴く庭で聞いた。
その場の全員が直立不動に立ちすくみ、ざらざらとした現人神の声を押し頂いて聞いた。
訥々とした放送は音が悪く、また言葉遣いも奇妙な程に難しく、聞く者の何割が真に内容を理解したかは定かではない。
だが、言葉は通じずとも、その思いだけは如実に伝わった。悲痛に沈む心根だけは伝わった。
深く頭を垂れたまま、男が泣いた。女が、子供が、訳の分からぬまま、悲嘆の涙に暮れた。
全員にたった一つ分かった事。それは、日本が戦争に負けたと言う事だった。