□ SOMETHING CAFE □
■ SOMETHING CAFE ■

 

 

*** プレゼント***
Special thanks 翠緑ケイ様 そして土下座。:物語はフィクションで登場人物も無関係です。


 「はい」
 毎年恒例となりつつある、超ミニのサンタコスチュームに身を包んだ看板娘が手を差し出す。
 また、特別手当のおねだりでもされるのかとドキドキしつつ振り向くと、差し出された彼女の手には何かが乗っていた。
 「マスターに。私からのプレゼントです」
 その場の全員が固まった。
*        *

 奥田早紀は、SOMETHING CAFE自慢の看板娘である。
 19歳、花の大学二年生。顔立ちが可愛らしいのは勿論、明るいムードメーカーで話し上手で、物怖じせずに客あしらいも上手い。見かけだけでなく、心根もなかなかの美人だと長沢は思っている。だから、男性客に人気が有るのは当然だし、店にとっても自分にとっても実に有り難い存在なのだ。なのだ、が。
 彼女に何か言われると非常にドギマギするのだ。特に店のカウンタなどでは尚更の事。この状況だけは頂けない。
 カウンタの客、全員の視線が突き刺さる。
 夕方五時過ぎ、街は暮れかけ、最も雑多な客層が集る時分だ。カウンタの四人の客の内、彼女目当てと思しき客が二人。だがこの雰囲気からすると、全員が彼女目当てだったのかも知れない。
 「えへへ〜なんつって。ちょっと嘘です。私の友達から預かって、マスターに渡してくれって言われた物です」
 「早紀ちゃん、……だから勘弁して」
 へへ、と笑って舌を出す仕種に、カウンタに座る酒井医師の鼻の下が伸びる。酒井医師だけではない。他の客も、下手をすれば長沢自身も例外ではない。
 全く女性は怖い物だ。自分の魅力をきちんと把握した上で、意地悪と魅力的のギリギリの境目を狙ってくる。特に若いアクティブな女性には、長沢のような年齢/性質の男はオモチャに等しいのだろう。
 「早紀ちゃんのお友達…?ですか?ここに来てくれた人?」
 渡されたのは、縦横10数センチ程の薄い包みで、包みが赤、リボンが緑のクリスマスプレゼント仕様になっている。
 怪訝な顔で包みを見ている長沢に、看板娘が笑った。
 「もっちろん、そうですよ。何回か来ました。ルイちゃんって呼んでるんですけど憶えてます?」
 ああ、と、つい声に出す。
 「染めてる訳じゃないのに栗色の髪で、本好きで。えーとPC研究会に入ってると言う、ちょっとミステリアスな美少女さんね」
 整った美貌の持ち主だったのだが、何か暗さを感じたのでミステリアスとした。思春期にはありがちの暗さだろうから、じきに花が咲くように垢抜けるのだろう。
 「当たりー。あのコがね、マスターの誕生日に絶対渡すって作ってたんです。でも、間に合わなくてはみ出しちゃって、渡しづらいからって私に」
 「えっと、…俺、お話した事も無いのに……良いのかなあ」
 看板娘がぽんと手を打つ。
 「あ、そう言えばルイちゃん、私が言う前にマスターの誕生日知ってたんです。何で?って聞いたら楢岡さんに聞いたんですって」
 包みを開けようとした手が止まる。何故楢岡に聞いたのか。この店に"ルイちゃん"が訪れたのは三回だと思うのだが、そのたった三回で、楢岡が常連と見抜いたのか。となればなかなかの眼力の持ち主である。それとも、単なる偶然なのか。
 「ああ、そっだマスター。"ひげもえ"って知ってます?」
 カウンタの全員が耳慣れぬ言葉に動きを止める。
 きょとんとした表情の長沢を、看板娘は楽しげに見ている。
 「髭……なに?」
 「もえ」
 「燃やしてどーすんの」
 「違いますよう”萌え"!髭が好きなんですって、ルイちゃんは。マスターの事、髭が似合うねぇって褒めてましたよ」
 嫌な予感がする。
 長沢はプレゼントから手を離した。グリーンのリボンに掛けた指を引っ込める。このままエプロンのポケットに入れてしまおう。心を落ち着けてから見よう。そう思った所を奥田早紀に見咎められた。
 「開けないんですか?」
 「ん。あ、ああ。折角頂いた物だし、一人でそっと開けてみようと思ってね」
 「えー、開けましょうよ。開けましょうよ。ルイちゃんから私も見て良いって許可貰ってるし。開けましょー」
 奥田早紀に言われてうろたえる。可愛らしい女子大生のプレゼントだ。それは中年男の長沢としては、直ぐに開けて見て見たい気も勿論ある。間に合わなかったと言うからには手作りだ。実に可愛らしいじゃないか。だが、うろたえる。
 だって嫌な予感がするのだ。こう言う予感は絶対に外れない。
 好奇心一杯のきらきらした目で催促されて、拒めずにリボンに手を掛ける。赤い包装紙を解く。中から出て来たのは、簡素なケースに入った記憶メディアだった。
 ほっとした。
 CD-Rのようだ。となると曲かも知れない。昔はよくカセットテープに入れて曲や歌を送った物だが、今の若者にはカセットと言う物自体を知らない者も多いだろう。時代は変ったのだと思うと同時に、メディアは変っても送る物は同じ所に普遍性を感じる。つい、笑みが零れた。
 ケースをひっくり返して中身を見る。色鮮やかな印刷の盤面が目に飛び込んで来た。おや、と思う。
 印刷されているのは、カラフルな絵だった。木造建築の中で笑っている男性が中央に描かれ、「サムカフェ」と丸い文字が横に並んでいた。煌びやかで清々しい笑顔は全く別世界の物なのだが、黒眼鏡と髭と言う要素が何かちぐはぐだった。
 全く別物ではあるのだが。あるのだが。どこか、親しみを覚える要素がある。
 「えー……と。これ、もしかして……」
 「わー、マスターマスター!あははは、本物より若ーい。イケメンー!」
 手許を覗き込んでいた奥田早紀が、飛び上がってケース毎掴み、さらって行く。長沢が止める間も無く、勢いそのままにカウンタに飛び込んで、即席の品評会が始まる。長沢は面を伏せた。
 「何だよやるなぁマスター、女子大生の心奪ってこんなの作らせて。なぁ、マスター」
 「マスター、おーイケメぇン。この女泣かせ」
 「おー、マスター凄ぇねぇマスター」
 「済みませんけどね、俺こっちに居るんで。CDに向って話しかけるの止めてくれます。早紀ちゃん、返して」
 カウンタの中から目一杯腕を差し出して見るが、客席側ではすっかり盛り上がっていて、誰も構わない。モデル当人の事などとうに忘れ去られ、看板娘の差し出した宝物に夢中である。長沢からしたら、冗談ではない。
 口をきいた事も無い謎の美少女に、自らの顔(らしき絵)が描かれたCDを唐突に"プレゼント"されたのだ。当然ながらその開封の権利も、初見の権利も、はたまた秘匿の権利も、凡て長沢に有って然るべきだ。だと言うのに、無情にも持ち去られ、今、晒し物にされようとしているのだ。冗談じゃない。
 だが、ケースを掴み取ろうにも、相手は看板娘を入れて五人であるから、まず運動神経の鈍い長沢では適わない。手を出しては避けられ、別の人間に回され、そうしている内に、客の中の一人が、自身の鞄からなにやら取り出した。
 「DVDでしょ。僕のPCで見られますよ」
 カウンタが沸く。見よう見ようと言うのだ。
 「ちょっ……!駄目駄目! 駄目ですよ!」
 慌ててカウンタから走り出る。それは絶対まずいと予感が言う。
 絶対にこれは一人で見るべき内容の筈だ。根拠は無くてもそうなのだ。客席の盛り上がりに飛び込もうとした時、ドアベルが鳴った。
 「い、いらっしゃいませ」
 反射的に戸口を振り返る。直ぐに黄色い声が上がった。
 三人組の女子高生が、高い声ではしゃぎながら入って来る。長沢は慌てて、自らの背中でカウンタの情景を隠した。ただでさえ手に負えないのに、ここに三人娘が加わったら完全にお手上げである。ここは気付かれぬように席に着かせてから、騒ぎの元を取り上げるしかない。さりげない風を装って微笑みかける。
 「めりくりーマスター。私アイスカフェモカー」
 「私キャラメルマキアート。あったかい奴でお願いしまーす」
 「私もー。よろしくねマスター」
 はしゃぎながら席に着く三人娘を確認してから、改めてカウンタの客席に戻る。ほぼ同時に五人が笑った。どきん、胸の中で心臓が撥ねた気がした。
 
 Click!!

 「かわいー。マスター見て。見てほら」
 「あー本当だ。誕生日合せに作ったんだね、これ。確かに」
 慌てて覗き込んだ画面には、お誕生日おめでとう、のメッセージがあった。
 言われる通り可愛らしい絵に、少しばかりほっとする。なるほど、女性らしい心遣いだ。手作りのメッセージカードを作ってくれていた訳か。
 だが、少々気になる事もあった。狸の着ぐるみのマスターは良い。喫茶店は憩いと癒しの場所なのだから、このテイストは正しいだろう。不満はない。だが。
 横に居る白い人物は誰かが非常に気に掛かった。ほっとしたのは束の間で、やはり、嫌な予感は去らない。去らないどころか。
 「あ、こっち?こっちは冬馬さんですよー。ルイちゃんとここに来た時に、一度だけ偶然にかち合って。その時、格好良いね、誰?って聞かれて。萌えてたみたいだったから、入れたんですねきっとー」
 ……どんどん強くなる。
 どんどん不安になる。意図を感じるのだ。偶然とはとても思えない。先程の楢岡の話にしても、この冬馬にしても、偶然にしては出来過ぎている。しかも。さりげなく横に書いてある字もこの上も無く気にかかる。
 "あなたと同志になれたらいいな”
 今時の女子大生が、仲間の事を「同志」などと言うだろうか?
 「よっしゃー。踊らせよう。…じゃあ、狸のき」
 PCの持ち主がタッチパネルの画面を指でつつく。
 と、ワイプで画面が消え、Merry X'masの文字が浮き上がる。嫌な予感も同時に浮き上がる。勝手に頭の中で盛り上がる。こうした直感は絶対に外れない。
 画面に浮き上がった文字列に、予感は確信に変った。
 「何々?えー……"革命を成功させたい者はここをClick!"…? 革命って……。変ってるね、これ作った子」
 「そうですねぇ。ルイちゃんは凄く独創的。凝り性だし」
 「では」
 次へ進もうとする手を強引に後ろから引き剥がす。そのままPCの持ち主にのしかかって、横から機材を奪い去る。PCを抱えて数歩飛びのくと、全員の手が引いた。
 余りにも真剣な長沢の顔色に、カウンタの客も息を呑む。息を荒げている店主に、全員が固まる。
 「駄目ですったら! これは俺に渡された物なんだから。俺の許しが出なきゃ見ちゃ駄目です!何で勝手に皆さんで…」
 「クリックー!」
 長沢の取り上げたPCの背後から、三人組の女子高生が画面にタッチした。
 全員の見守る前で、画面はワイプで掻き消え、そして――。
 
 
 その夜の事は、皆様のご想像にお任せするとしよう。
*        *

 
 奥田早紀による補足:
 結局はその後、約15分間ほどの短いゲームを、私とアリタちゃん達三人と酒井先生、七生さん、田倉さん、河野さん。八人み――んなでプレイした。マスターは遠くから見てジタバタしていた。ゲームに近付こうともしなかった。
 中身はラブシュミレーション。私的には10点満点で7-8点。物凄い高得点。
 短いけど、凄く凝ってて、良く出来てた。トゥルーエンディングなんか、綺麗なムービーだし、重厚な音楽つきで滅茶苦茶盛り上がってびっくりした。ラストまで来た全員が、思わず溜息を吐いてたくらい。
 ルイちゃんって凄かったんだなー。元々、絵は凄く上手くて、同人誌とかはよく読んでたんだけど、動画やゲームも作っちゃうとは思わなかった。
 まぁ、難点を挙げるとすれば、ルイちゃんの趣味がかーなーりレア過ぎってとこ。腐女子なのは知ってたけど、"髭萌え""がっちり体型萌え""親父受け萌え"から更に進んで、"たぷ肉萌え""皺腹萌え(5本以下)"ってどーなんだろ。
 男性客は全員ギブ。でもアリタちゃんは"目覚めた!"とか言ってたから、有りかもしれない。
 マスターは最初っからギブで、ずーっと"やめてー"と言っていた。何でもしますから止めて、と真っ赤になって言われたけど、別にゲームなんだし、そこまで照れなくても良いと思う。内容は15禁くらい。ルイちゃんに凄く良かったと伝えて、続きをおねだりしとこーっと。
 次の日、マスターにルイちゃんと是非合わせてくれとお願いされた。あんなに嫌がってたのに、何でですかと聞くと、真顔で「会わなきゃならない」と言われた。近い内にセッティングしてあげようと思ってる。
 ルイちゃんの事を何者なの、何者なのと何度も聞かれるけど、ルイちゃんは普通の女子大生だ。マスターは何をビクビクしているんだろう?時々分からない。
 あ、そうそう。肝心な事、言い忘れちゃったので、遅くなったけど書いて置こうっと。
 
 Merry Christmas. あなたはどんなプレゼントを上げますか? 貰いますか?
 皆さんの許に素敵な聖夜が届けられますように。
 
- THE END -
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補足
私目の誕生日に翠緑ケイ様から頂いた絵がキュートだったので、つい出来心で書きました。反省はしてません。
と言う訳で、作中に出てきたカットは翠緑ケイ様から頂いた物で御座います。後日giftコーナーに上げさせて貰います。
ルイちゃんとケイ様は無関係ですのでよろしく。っつか何者よこの女子大生わ。