□ SOMETHING CAFE □
■ SOMETHING CAFE ■

 
 

 「……はっ…」
 重なり合ったやや暫く後、改めて気付いたように長沢が顔を背ける。舌を引き剥がし、叶わずにまた絡められる。両腕に抱き入れられる。
 楢岡の熱い舌が、口の中を彷徨う。絡み付いて舌を舐め取る。嫌ではなかった。支えられているのも、相手の存在も、嫌悪感は感じなかった。厚手のカシミヤコートに覆われた腕が、長沢のフリースの上着の中に入り込む。厚着とはいえない腰や背中に掌を這わせる。その感触に、長沢は相手の背に腕を回した。
 ぴくりと楢岡が顔を離し、視線を確かめて改めて口付ける。ぼうっとした長沢の視線に、彼の正気は感じない。だが、だからと言って。
 縋り付いてきた腕に嘘はあるまい。少なくとも、拒まれてはいない筈だ。恐らくは、求められているのだ。
 唇をむさぼる。軽く歯を立て、舌を巻き取り両腕で身体をまさぐる。
 「Kちゃん、俺、とめらんない…」
 尻を引き寄せる。歩けないほどに酔っている長沢は兎も角、楢岡の方は怒張がとめられなかった。若い頃ならこれだけの触れ合いでイッている。強く抱きしめて口付ける。欲望が加速する。まずい、と思う程度には理性があった。こんな裏路地で、いい大人の男同士が行為に及ぶのはどう考えても公序良俗に反する。
 取りあえず、肩に背負って通りへ出る。直ぐにタクシーのライトが通りすがった。
 

 殆ど眠っている長沢をベッドに横たえる。堪えきれずに楢岡が選んだ先は、幾度と無く女と利用した近場のホテルだった。
 十年ほど前なら考えられない事だが、最近のラブホテルは安価で自由度が高い。家族で泊まろうが男同士で泊まろうが到って自由で、何事も言われない。今日も、受付はしっかり二人の男を確認した筈だが、当然ながらただの一言も無かった。家族で寛ごうが知らぬ同士で乱交をしようが、男同士女同士どんなプレイにふけろうが、トラブルさえ起こさなければ我関せず、である。
 築何年経つのか、思い起こせば最初にここに訪れてから随分経つから分からない。オーナーも変わり、店の名も変わったが、商売は替わらない。ずっとここは都会の片隅の褥だ。
 入ると、部屋は必要以上に暖かい。今日始めての使用ではないとその温度が語っていた。幾人もの男女がここに入り、ここで睦み合ったその後なのだ。
 取りあえずベッドの上に酔っ払いを放り出して、自身のコートと上着を申し訳のように設置してある椅子の背に掛けた。放り出された酔っ払いは、気持ち良さげにベッドの上で四肢を伸ばしている。この男と、ここを「使用」するのだと思うと、熱い物が駆け上る楢岡の事などお構いなしだ。
 ベッドに横たわる身体を見下ろす。観察する間もなく覆いかぶさる。逞しいとは言いがたい肩を包み込み、目を閉じたままの顔を両手でなぞる。髭が覆う口許をゆっくりと唇で辿った。
 髪の毛もそうだが、猫っ毛だ。体毛もそうなのか。
 長沢の服に手をかける。フリースの上着を脱がすと、直ぐに見慣れたTシャツとコットンシャツの組み合わせで、不意に冷静な思考が入り込んだ。思わず、これじゃ寒いだろうと口に出すと、長沢が目を開けた。
 「そうでもない。中に着てるの、遠赤外線の何とか言うシャツで…楢岡君、若いから着ないだろうけど…」
 「俺とKちゃん8つしか違わない」
 「義務教育課程の殆ど違うって事だろ。楢岡君が小学校入った時、俺中二だ。物凄い先輩だ」
 「会ったの、その時じゃなくて良かった。先輩が可愛いすぎても、当時じゃ押し倒せない」
 シャツの中に腕を入れて抱き寄せる。ボタンを外すのももどかしく舌を喉許に這わせる。酔った身体が微かに抵抗した。
 抵抗に気付かぬフリで上半身の衣服を剥ぐ。コットンシャツを脱がせて、長沢が温かいといったTシャツをたくし上げる。始めて見るSOMETHING CAFE店主の素肌だった。
 カウンタの中で笑顔を浮かべるこの男を、何度こうしたいと思ったことか。珈琲や軽食よりあんたが欲しいと、冗談めかして何度も喉まで出しかけた。想像より滑らかな肌と、細い身体のラインに指を這わせる。贅肉のない腹を唇で辿る。
 「俺、今日風呂入ってない…から、シャワー…」
 大丈夫。俺が綺麗にグルーミングしてやる。起き上がろうとする身体を無言で押さえ込んで舐めまわす。せわしなくベルトに手を掛けて引き抜き、ジーンズを引き下ろす。反射的に隠そうとする腕を掴んで、中心を掌で包んだ。
 「ちょっ、待っ…。…は…っ…!」
 長沢自身を掌で確かめる。酒の所為ですっかり大人しいその場所に指を絡める。そうしながら顔を覗き込んだ。
 強引な性交を強いられてから、そう時が経っていない。しかも楢岡はその一件をぼんやりとながら承知している人間の一人なのだ。ずっと思い描いてきたこの行いを、長沢に苦痛と感じられるのだけは何としてでも避けたい。そっと唇に辿り着くと、閉じていた目が真っ直ぐに見つめた。
 「俺、酔っぱらってる……」
 呂律の回らぬ舌が、ゆっくりと言葉を刻む。酔いで赤くなった目許がとろんとして見つめる。楢岡は自分の喉が奇妙な音を上げるのを聞いた。
 下腹部に血が集まる。脳から血が引いていく。年齢など関係ない。いや、あるのか。十代、二十代の長沢は知らないが、その頃に同じように惹かれたかは分からない。ただ、年齢を刻んだ今の彼に惹かれているのは確かなのだ。長い睫毛の目許に凄絶な色気を感じて、思わずしゃぶりつく。
 「役に…立ちそうもない。悪いな……」
 こんな状況でも気遣いか。言葉の通り反応を見せない長沢の部分を掌の中に感じながら苦笑する。
 「大丈夫。Kちゃんは大人しくしててくれれば良いよ。酒は血中濃度0.025迄なら性的興奮って増すんだ。俺はそれくらい。Kちゃんは過ぎちゃったんだよ。でも大丈夫。気持ちよくはなれるから……」
 間近から赤い目が見つめる。0.025はほろ酔いの粋だ。楢岡に自覚できる酔いは殆どなかった。
 指を絡ませて撫で上げてやる。柔らかいその部分が時折びくりと波打つ。0.055を越せば勃起は怪しくなるし、0.4を越せば確実に死ぬ。長沢の反応は恐らくは0.055を越した為だ。年齢的に鈍くなる事はあっても、反応しない程の年ではないし、微かに快感に波打つその部分が、奇妙に楢岡は嬉しかった。
 髪の毛も濃く、体毛も濃い楢岡とは対照的に、長沢は殆ど体毛が無い。髭は濃い割に胸毛はなく、なぞる腹から胸へのラインで指に絡むものはない。全てのラインを舌と指でなぞる。舌で乳首を転がしながら、下半身を両手で愛撫する。酔っているとは言え、男に全身を舐めまわされて反応しない長沢の態度に、楢岡は再認識した。
 「慣れてるなぁ、Kちゃん。事件云々とは関係ないね。男の恋人がいたんだ…。なぁ、それ、どんな奴?」
 手にローションを乗せて暖め、ゆっくりと後門に指を刺し入れる。びくん、と喉が持ち上がった。
 「待っ…た。俺、そっちは抵抗が…… んっ……」
 そっと愛撫を続ける。器用な二本の指で局部を探り、入り込み、入り組んだ襞をゆっくりとほぐす。硬く緊張する部分をやんわりと揉み解しながら進む。抵抗する言葉は直ぐに跳ね上がる呼吸に消えた。
 左手で戸渡りを摩りながら右手で中を解す。腹の下に抱え込んで、両手で体の内と外を確かめるようにこね回す。言葉に嘘はなさそうだった。微かに腰が逃げる程には、長沢はこの行為に慣れては居ない。それでも、もう止まらなかった。
 刺し入れる指を増やすと押し殺したような声が漏れる。注意深く探りながらほぐしてやる。びくり、と身体が震えた。
 「く、あっ……」
 鷲津の言った言葉が脳裏を掠める。
 「正直な身体だ。嘘のつけない身体って奴かな」
 前立腺の場所を探り当てて指を這わせる、力なく放り出されていた両手が、シーツの上を彷徨ってきつく握り締める。布団に口を押し付けて耐えようとするタイミングで深くまで指を突き入れると、はっきり身体がのたうった。
 堪えきれずに腰を引き寄せる。刺し入れていた指を引き抜くと同時に、楢岡自身を押し付ける。長沢が反応する前にそのまま押し込む。ローションで濡らして置いた欲望を、慣れぬ部分に押し入れる、塗れた先端が入り込んだ後は、濡れと共にならされた部分にぬるりと入り込んだ。
 「まっ……! …!」
 ずるずると入り込む。狙いをつけて腰を捻りこむ。引き締まっていく部分に、それを許さずに突き入る。腰を両腕で引き寄せ、自らの部分に引き寄せる。幾度目かの注挿の後、こだわりの部分が深く中にはまり込んだ。
 「うああっ……ぁ………!」
 「はっ……!」
 快感が楢岡を包み込む。長沢の体温に呑み込まれる部分から、例えようのない快感が全身を駆け巡る。支えきれずに長沢の上に倒れこむと、尻と腹がぶつかって、パンと音を立てた。
 中にいるのだ。きつく締め付けて来るのは長沢の身体なのだ。数え切れぬほど、妄想の中で犯した身体の中に今いるのだと思うと愛おしさが増した。手の中の萎えた部分をゆっくりと辿りながら、耳許に大丈夫?と尋ねる。長沢が微かに首を振った。
 「そっか、キツイか。そりゃ、キツイよな…。…大丈夫。直ぐには動かないよ。俺、Kちゃんに辛い思いをさせる気は無いから…」
 首筋に舌を這わせ、手の中の物を愛撫しながら、長沢の部分が馴染むのを待つ。恐らくははるか昔に睦み合ったきりの部分は緊張を容易く解くことが出来ないのだ。ゆっくりと解き解しながら感じる。この身体に強引に突き入ったのであれば、深く傷つけた事だろう。改めて長沢の事件のダメージを思う。
 年を過ごして様々な事象に慣れ、精神的にはタフになっていても、身体はそうは行かない。楢岡自身も、自分の身体が十代の頃とは違うのを骨身に染みて知っている。様々な事に「骨」は掴んで上手くこなせるようにはなったが、どうしても肉体は年を経るに従って衰え、かたくなに、閉鎖的になる。昔なら耐えられた刺激が傷になる。一度負った傷は、容易く元には戻らない。
 もう長い事、少なくとも男同士の睦み合いをしていない長沢が、身体を預けてくれた事実を味わいながら全身に腕を這わせる。ゆっくり腰を進ませると、解けた身体が揺れた。
 骨格が狭い身体だから、きついのは当然だが、絡み付いてくる感触に促される。前後動を始めると、長沢がシーツに顔を押し付けた。眼鏡が顔に食い込んで痛そうに見えて、外してやる。潤んだ瞳が見上げた。
 「……っう…!」
 思わず深く突き入れる。徐々に柔らかく受け入れ始める狭い部分に欲望を動かす。
 「Kちゃん、凄ぇ…!」
 絡み付く。酒の所為か熱くなっている部分が楢岡を絡め取る。注挿を始めると、粘液質の音が溢れた。深く入り込み、抜く。また深くまで刺し入れる。黙したままの長沢が縋るシーツに、押し付けるようにして動く。狭い。そして熱い。そして。
 保たない。
 達しそうになって慌てて抜くと、長沢から小さな声が上がった。
 「俺、まだ……」
 分かってる。不意に愛しさとも嗜虐的な喜びとも着かぬものに絡め取られる。長沢を仰向けにして両膝の裏に手を差し入れ、露になる部分に欲望を突きたてる。慣らされたそこは、深く楢岡を呑み込んだ。そのまま正面から抱き込む。長沢が縋りついた。
 細い胴に腕を回して引き寄せる。股間に叩きつけるようにして突き入れる。深く突いて引き戻すたびに漏れる、惜しむような長沢の息になお屹立する。
 「気持ち…良いか、Kちゃん」
 赤い瞳が驚いたように見つめる。突き上げると閉じられて、観念したように頷く。
 「良い?」
 頷く。
 どくん、と股間が波打った気がした。両膝をシーツに押さえつけ、終点まで突き入れる。急激な動きに狼狽える身体を拓く。粘液質の音の後に、肉を叩くぱん、と言う音が響いた。
 「あっ…う…! う、んっ…」
 揺する。終点まで突き入っては引き抜く。また終点まで突き入る。酒の所為で反応の鈍くなっていた物が楢岡の腹を叩いた。
 「Kちゃん、勃ってるぜ」
 けぶった目許に朱が上がる。酒の所為か羞恥の所為か分からない。目許に口付けながら激しく前後動を重ねる。長沢が楢岡の背を握りしめた。
 「はっ…楢岡……く、ん! くぅ……んっっ……!!」
 たまらない。
 叩きつける。突き上げる。締め付けてくるそこへ、欲望を流し込む。細い身体を抱きしめて、一滴残らず注ぎ込む。
 その身体の奥底へ、長年の思いを注ぎ込む。

 一回、互いの身体を確かめ合った後は、拘りは消えた。
 酒が馴染んだのか酒に呑まれたのか、長沢は積極的だった。欲望の抜け切らぬ楢岡の上に跨り、自ら腰を振った。毛深い楢岡の胸に舌を這わせ、その胸の突起に唇を寄せる。突き入られて縋りつき、甘えるような声を上げた。楢岡の手を自らが感じる場所に導き、求められた訳でもないのに彼のものを口に含んだ。慣れた舌使いに楢岡の方が途中でその行為を止めさせたほどだ。
 恍惚とした表情の長沢の、太いとは言えない太腿を持ち上げ、横から突き入れる。交わった証が局部から零れ出る。構わずに終点まで辿り着くと、長沢がびくんと仰け反った。
 「んあっ……大貫先輩……っ、そこ…!」
 動かす。そこ、といった場所に突き動かす。びくびくと反応する部分に叩きつけては引く。必死に押さえ込んでいた声が、徐々に漏れ始める。甘えるように、縋るように。
 「Kちゃん…!」
 「んああっ…、ん、ん………もっ……と」
 白い肌に唇を寄せる。大貫という、聞きなれぬ名に嫉妬を覚えながら突き入れる。必要以上に吸い上げて、肌に印を穿つ。締め付けて来る部分に否応無く快感を煽られながら、動く。
 長年思い描いていたその身体の最奥に辿り着いてぶちまける。快感に霞んだ喉が、囁く言葉などもう耳に入らない。
 例えそれが自分の名でも、自分とは違う名でも。

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