SEXしよう、と長沢に言われて、うん、と言う以外の選択肢は冬馬には無かった。 事実、頭の中はその事で一杯で、拒否されても避けがたい所まで来ていたし、そう言われて躍り上がって喜びたい気分だったのも確かだ。だが。 それでもうろたえた。積極的に行為を求められた事で、逆に酷くうろたえた。 「お前がどんな奴か、俺の頭は分かってる。一般日本人のカテゴリーには入らないし、善人って訳でもない。犯罪者だし、危ない奴だ。でも多分、お前は誰よりも信頼できる男だと思うよ。俺は……お前の同志になりたい。 ただ、本能は別なんだ。俺の身体はまだお前を怖がってる。お前に触れるの、凄く拘りがある。身体が避ける。だからいっそ」 一度SEXしてみよう冬馬。 抱き寄せて口付ける。 冬馬にしては随分逡巡したのだが、長沢の言葉が終わるか否かのタイミングだった。 長沢が男好きとは思わない。経験がある事は確かだが、依然鼻声のまま、涙で目許を赤くしたまま言う男の言葉は、決意なのか気まぐれなのか唯の逃避なのか分からない。理路整然と説明されても、その言葉を信じて深く抱いて、後に気の迷いだったと言われる可能性も捨て切れない。それでも。 差し伸べられる腕は本物で、預けられる身体は冬馬がずっと欲したものなのだ。 髭に覆われた口許を舌で辿って潜り込む。絡み付いてくる舌は長くて器用で、かつて無理やりねじ伏せた時とはまるで違っていた。暖かくて、絡み付いてくる。それだけで背筋にぞくぞくと快感が走り抜けた。 「啓輔……啓輔」 シャツの中に腕を差し入れる。真新しいワイシャツの下のロングTの更に下、素肌に手を這わせる。冬馬、と鼻声が言った。 「ここじゃ怪我する。上、行こう。布団、あるから」 ベルトの前を外し、ジッパーに手をかける。下ろそうとした所で、長沢が上から手を掴んだ。 「冬馬。上行こう。俺、痛い思いするのは趣味じゃない」 言葉を理解するのと同時に長沢を抱えていた。右肩を腹の下に入れて持ち上げ、そのままCAFE部分を通り抜ける。階段ホールに飛び込んで、そのまま二階に駆け上がる。長沢が慌てて背中にしがみつくのも、呪詛の言葉らしいわめき声を上げるのもどうでも良かった。勝手を知った居住区に辿りついて、畳の上に長沢を下ろし、押入れの中から布団を引きずり出す。そのままの勢いで、自らの上半身の服を一まとめに引き抜いて振り返ると、奇妙な笑みを浮かべた長沢がいた。 「俺の同志は、馬鹿だ」 飛びつく。乱暴に放り投げた布団の上に、細い身体をずり上げる。そのままジッパーに取り掛かると、両手が冬馬の顔を掴んだ。 深い口付け。口を全部絡め取るように、舌を這わせて潜り込む。 「んっ……!」 長い舌が冬馬の口腔をさまよい、舌を絡めとる。しなやかな両手が首から背を這い、腰に辿りつく。既に半ば下ろされたジッパーから中に入り込まれて、そのまま動けなくなった。 慣れた右手が冬馬を辿る。既に張り詰めている筋を指で引っかくように辿る。そのまま這い降りて袋を揉まれる。二度の放出の後で、直ぐにでも長沢の中に入りこむつもりだったのに、抗えない。絶妙なリズムで与えられる刺激に翻弄される。 密着して、腕を入れる隙間の無い腹部を諦めて、背中に腕を差し入れる。緩めのジーンズの尻に手を回し、ジーンズからシャツを引き抜いて、素肌に股間を押し付ける。長沢の手に握られたまま、腹の上に乗る。生暖かい凹凸がたまらなかった。 舐め取られた口の中で名を呼ぶ。腹の上でそのまま達してしまう。幾度も口の中で呻き声をあげた後、やっと開放される。それでもまだ、波打つ体が止められなかった。 「卑怯だぞ、啓輔……」 濡れた右手をティッシュで拭っている長沢の腕を掴む。 「なん……?」 「不意打ちかけて、俺が射しちまったら、今日は終わりだと思ったろう」 仰せの通りだ。言葉には出さなかったが、冬馬には読み取られた。吹っ切りたくて誘いはしたが、触れ合っているとどうにも記憶が前面に浮き出してくる。 冬馬との交わりは苦痛だった。苦痛でしかなかった。痛みと屈辱しかなかった時が全ての記憶であったなら、その時の再来は一刻でも遠ざけたいのは人情だ。口や手を使っての性交ならば、かつて随分慣らされたし、苦痛は感じない。それで繋がりが出来るなら、そんなに楽な事は無い。しかし。より深く繋がれる後孔を使う性交は、相手次第で良くもなれば命取りにもなる。上手く行けば深く繋がれても、下手すれば傷になる。何よりも全てを相手に委ねねばならない感覚が、どうも長沢は好きになれないのだ。 冬馬は信じられる。信じようと思う……が、これだけは別だ。身体の中まで触れ合うことを許すには覚悟が要る。 荒い息を構いもせず、長沢の右手を押さえつけたままジーンズに手をかける。ジッパーを下ろし、その勢いのままに膝まで引き下ろす。緩い衣服を好んで着る長沢だから、簡単な事だった。トランクスごと片足を引き抜いてうつ伏せに身体で押さえつけると、赤い瞳が見上げた。 「ちょっと、待て冬馬……」 「充分待った」 長沢のお陰で顎先まで滴った唾液を、自らの右手で取って長沢の後門に差し入れる、敏感な場所の素肌に指先が触れると、腕の中の体がびくっと引きつった。 「嫌だっ、冬馬!」 予想外に冬馬の手が止まる。一瞬、長沢の中で振り切りかけた恐怖のメーターも共に止まる。荒い呼吸が背後から長沢を抱いていた。 「冬馬……?」 「卑怯だ、お前は。お前は好きにやった癖に、俺は…!」 「お前、俺の言葉で止まったのか…?」 肩越しにそろそろと青年を見やると、灰色の両目とぶつかった。近視の長沢にでも見える至近距離で、いつもクールな灰色の両目に宿るのは消しようも無い熱と、責めるような不満の色で、精一杯睨み付けて来るのが子供のようだった。紛れも無く、長沢の言葉で青年は止まったのだ。その事実に長沢は心底驚いた。 僅か一月余り前、力づくで自分を思うざま嬲ったと同じ人間が、今は懇願にも満たぬ一言で欲望を持て余しながら動けずにいる。かすかに肌に触れた指をそのままに、歯噛みして身を固めている。自分の為に。他でもない長沢の為に。 睨み付ける目許に触れるだけのキスをする。ゆっくりと力を抜いて小さく頷くと、濡れた指がゆっくりと動いた。 「そっと…たのむ、な。冬馬」 ホワイトグレイの頭が深く頷いて指を這わせる。傷つけぬように濡らした指を、硬く緊張した部分に押し入れる。拒否する襞を根気よく揉み解す。むき出しになった腹に手を這わせ、股間をまさぐり、恐怖で萎えている物を辿る。無駄な肉の無い腹に長沢自身を押し付けて擦り上げると、首筋がびくりと反応した。 腕の中の抵抗が、冬馬の動きに徐々に解けて行く。右手指で彼の身体の入り口を辿り、左手で彼自身を愛撫し、背中に素肌を押し当てる。徐々に漏れ始める甘い吐息が、長沢の緊張が解けていくのを伝えた。 無理やり開いた身体とは、全くの別物だった。冷たく、硬かった身体は、今は暖かくほぐれて冬馬の掌を濡らしていく。決してそれは涙でも血でもない。掌に落ちた濡れを後孔に塗りこむ。徐々に指を呑み込み始める部分に深く入れると、息の最後に喘ぎ声が漏れ出た。 こうして抱きしめた長沢の喉から、悲鳴以外の声を聞くのは初めてで、下腹部が熱くなる。うなじに唇を押し当てる。舌を滑らせて辿りながら、深く指を差し入れる。中に入った指をガイドに他の指を忍び込ませる。長沢の指が冬馬の頭に縋った。 促されるように顔を寄せる。潤んだ瞳がそこに有った。 「は……ぁっ…!」 限界だった。指を引き抜いて、同じ場所に自身を合わせる。慣らされた場所に、濡れた先端が入り込む。長沢自身を愛撫しながら、力を入れて押し込むと、拘りの部分までがその中に納まった。 熱い。下腹部を掬うようにして引き寄せる。引き締まる部分に押し込む。濡らされた襞がぬめって、少しづつ呑み込んでいく。長沢が布団を両手で掴んだ。 「んあ、あ、………あ、…冬、ぅあ……っ!!」 頭の部分が拘りながら入り込むと、後は押し入れるに合わせてずるずると呑み込まれる。身体の中を擦られる感触に、長沢の頭が持ち上がる。冬馬の身体の下で、弓なりに反り返る。冬馬は後ろから胸と首を支えて布団にゆっくりと倒した。荒い息が身体を震わせる。涙を浮かべて歯を食いしばっているのが、いかにも辛そうで、少しでも苦痛を逸らしてやろうと、緊張する背筋を包み込んでなでてやる。 「啓輔、力を抜いて……啓輔」 「あっ、あ、う、……ぅん……」 冬馬の方が痛い程に締め付けてくるのは、長沢の身体なのだ。かつて無理やりに犯したと同じ身体なのだ。熱くてきつくて、入れているだけで快感がせり上がって来る。かつてここに、無理矢理押し入って掻き回したのだと自覚すると、改めてすまない気になった。長沢は苦しかったろう。恐らくは、今も。 布団の上に細い身体がぐったりと横たわる。身体の奥に冬馬を受け入れたまま、荒い呼吸を持て余して、痺れたように動かない。閉じた瞼に唇を落とすと、ゆっくりとそれが持ち上がった。 「入ったよ、啓輔」 「……わ、かってる」 「今、俺、啓輔の中にいる」 「分かってる……よ」 「熱くて、気持ち良い。お前の中」 「お、れは苦しい…。ぅんっ…う、ごかないでくれぇ…」 本当に苦しそうで、動きを止める。瞼や耳、頭に唇を押し当てる。耳朶を口に含むとピクリと首筋が震えた。 股間を愛撫する。苦痛で萎えた物を辿る。存外容易くそれが持ち上がって、長沢の体が冬馬を受け入れ始めているのを知らせる。耳朶を口の中で悪戯しながら腰を掴むと、はっ、と短い息が漏れた。それに合わせて突き入れる。喉から小さな嬌声が漏れた。 「ああぅ…んっ!」 「啓輔…!」 痩せた太ももに腕を通す。左足を持ち上げて、そこに身体を滑り込ませる。そのまま押し込むと、長沢の深い部分に冬馬のものが当たった。びくん、と長沢のものが反り返る。冬馬は片手でその部分を包み込んだ。 「行くぞ、啓輔」 「あ、はっ、待っ……」 潤んだ瞳で訴えられて、待たない、と答える余裕もなかった。堪らずに腰をたたきつける。ぱん、と音が上がって、長沢が布団を掴んだ。 きつくぬめる場所に咥え込まれて快感が冬馬の全身を捕らえる。思考が麻痺した。ただ欲望のまま、快感を求めて突き動く。上り詰めたくて突き入れる。繋がった場所からぐちゅぐちゅと濡れた音が零れた。 細い上半身を布団に押し付けるようにして前後動が始まる。片足を持ち上げられ、身体を大きく開かれた不安定な格好のまま突き動かされる。深々と刺さった冬馬にかき回される。どうしようもなかった。 長沢の身体にはきつい、大きな物を身体の中に打ち込まれ、がくがくと揺さぶられる。勢いをつけて引き抜かれ、次の瞬間にはその最奥まで突き入れられる。ぱんぱん、と、長沢の尻と冬馬の腹の間で激しい音が響いた。 苦痛と、それと同じ分量の得体の知れないものが、身体を犯していく。後部から入り込み、腹の中をかき回し、背筋に抜ける。自分の体がたてる濡れた音の所為で、耳からも犯されている気すらする。 かき回すものが、長沢の弱点を深く抉った。脳天に電撃が走りぬけた。 「んあぁっ……!!」 「ここか」 器用に腰をひねって、その部分に突き立てる。快感の坪を掻き回される。動く度に抉られる。体が熱くなった。 「あぁっ、と、ぅま……冬馬っ!」 「啓輔……!」 抉られる。深々と突き入れられる。弾けそうに敏感な場所に突き立てられた物がうねるように動く。嬌声が零れ出る。快感と衝撃に頭の中が白くなるのと同時に、体の中で震えが起こった。 |