□ SOMETHING CAFE □
■ SOMETHING CAFE ■

 
 

 繋がったまま、快感を吐き出す。体の奥に、逃げようの無い深部に精を注ぎ込む。一方で、押し開いた身体がびくびくと震えながら掌の中に吐き出すそれを受け止める。痺れるような余韻の中で、二つの体はもつれ合ったまま暫し動きを止めた。
 沸騰した快感がゆっくりと熱を下げ、生ぬるくなるまで目を閉じる。互いの呼吸を直ぐ傍に感じながら横たわる。緩やかな時が流れた。
 薄闇の中、やや暫くして目を開けると、潤んだ瞳がじっと青年を睨み付けていた。
 繋がったままその瞼に口付ける。布団を掴んでいた手が押しのけた。
 「お前、俺の中に直に射精しただろ……」
 素直に頷く。
 当然だ。これがしたかったんだから。混ざり合いたくて、混ぜあいたくて繋がるのに、長沢は何を言うのだろう。口調で責めているのは確かなようだが、その意図は分からなかった。
 「俺、病気は持ってないし、後からちゃんと処理もするから問題ない。前の時もそれはちゃんと……」
 言いかけて言葉を呑み込む。前、とは即ち強姦した時の事だ。
 「嫌なのか?啓輔が嫌なら次から止めるが…。でも今日はこのまましたい。啓輔とは"初めて"だから……」
 抱きしめると、まだ繋がった部分が中で動く。それに煽られてびくりと波打つ首筋が赤く染まっていて、長沢の不平がそれ程本気ではないことを伝えた。
 「……っ。分かったから、一度。抜いてくれ冬馬」
 身体は僅かでも離れるのを嫌がったが、そう言われたのでは仕方が無い。仰せのままに刀身を抜き去る。それにも微かに呻く長沢の上気した顔が愛おしくて抱きしめると、責めるような視線が上目遣いに向けられた。
 「それもあるが、むしろ問題なのはお前の方だと思うぞ。炎症起こすだろう、それ。その、こんな場所に直に入れたら……」
 言いづらそうに述べられる不平迄、きちんと理由付けされているのが長沢らしい。しかも、それが微妙に青年を気遣っているのが嬉しくて腕に力をこめる。
 「大丈夫。俺はそれ程敏感でもやわでもない」
 「そう言うのとは違う……」
 不満気に黙り込む体を抱きしめる。強く抱きしめても、腹に掌を当てても、股間をこすりつけても、抗わなくなった暖かい体を抱きしめる。えもいわれぬ充足感が足元から冬馬を包み込んだ。
 綺麗とは言えぬ木造モルタルの家屋の一室に、不恰好に広げられた布団の上が、雲の上にも思えた。見上げると目に映る木の桟も鴨居も、節目の目立つ天井も、素晴らしい景色に思えた。決して豪華とは言えぬ、古ぼけた日本の家屋が。むしろ質素で、汚らしい、庶民の家が天上の御殿にも思えた。
 土曜深夜の神保町は、平日より遥かに静かで、置いてきぼりを食った気になる。ちっぽけなこの部屋を訪れるのは、夜気に運ばれて来る酔っ払い大学生達の笑いあう声か、遠くに響くクラクションくらいのものだ。車のライトが部屋の中を舐め、去っていくと深い静寂が訪れた。
 遠い昔、マルセラという名の同志と廃屋で抱き合った事を思い出す。
 1995年12月。暑い夕暮れのことだった。リマのはずれの産業ビルを占拠した夜、興奮した闘士が行きかうビルの、むき出しのコンクリの床の上で激しく抱き合った。
 冬馬はまだ13歳になったばかりだったが、SEXを覚えてから二三年は経っていた。階下を見張りが行き交う外階段の踊り場で、声を潜めて抱き合った。七つ年上のマルセラの、勝ち気な瞳と大きな胸に夢中だった。見つめたくて触れたくて、隙を見ては睦みあい、交じり合った。
 出会って僅か半年。マルセラはDINCOTEに検挙された。見慣れた黒い装甲車に引きずり込まれた彼女が、それからどうなったのか、冬馬は知らない。未練も、無かった。
 大勢の同志が居て、去っていった。中には恋した人も、ただならぬ関係になった人も居たけれど、今の自分には皆過去の思い出だ。一つ一つの顔を思い出しても、胸も痛まなければ涙など出る筈も無い。
 長沢の涙を思い出す。彼にとって家族は冬馬の同志とは違う。過去ではなく、思い出ではないのだ。
 腕の中の身体を抱きしめる。
 「啓輔……好きだ」
 自身も、あの頃と違っているのは分かっている。失う事に痛みも感じなかった過去の自分と今の自分は、恐らくは別人なのだ。
 日々、何人もの同志や仲間や、恩人が死んでいったあの頃。失う痛みは一晩寝れば過去になった。だが今は。もし腕の中の存在を失ったら。考えるだけでぞっとする。
 俺からこの存在を奪う者がいたら、地の底まで追いかけよう。取り戻せるならそれでよし、取り戻せぬのならそいつを血祭りに上げ、自身にも幕を下ろそう。
 「冬馬?」
 きょとん、とした目が青年を見ていた。こめかみの辺りに指を感じる。ゆっくりさすられるのが心地よくて、頬を押し付ける。
 「俺では、啓輔の家族にはなれないか」
 唯でさえ大きな目が、驚きに広がって、ゆるゆると伏せられる。軽い身体が腕の中でぐるりと方向を変えた。
 背中を抱いていた冬馬に向き直る形になって青年を見上げる。下から見上げるのは長沢の癖らしく、立っている時は背の差も有って分かるが、こうして寝ている時も僅かに上目遣いに見つめられる。それはただの癖で、その瞳に欲情するのは恐らくは冬馬が不謹慎だからなのだ。
 「お前は俺の妻じゃないし、妻以外の家族とSEXしたら、俺は唯の鬼畜だ。そうはなりたくないから、家族じゃなくて良い。良いじゃないか、同志と言うのは。
 俺はすこぶる付きの出来の悪い同志にしかなれないと思うが、お前が俺に一から教えてくれよ」
 不謹慎でも構わない。
 「同志ってのは、………毎日SEXするもの」
 「…ふざけるのは、無しだ」
 もつれた髪を手で梳く。半端に伸びた髪と、綺麗にそろえられた髭を指で辿る。髭の流れが続く喉から細い首に指を滑らせる。されるがままに逆らわない長沢が嬉しかった。
 「もう、俺が怖くは無いか。お前は俺が近づくたび、顔色を変えていた」
 ああ、と小さく笑う。
 「さっき、俺の一言にお前が手を止めてくれた時から、無くなった。強姦魔、卒業だな、冬馬。もっとも。
 された事は一生忘れられないし、やっぱり許せないけどな」
 長沢の言葉に青年が一瞬息を呑み、慌てて小さく、二度としない、一生しないと繰り返す。その事が逆に長沢の疑問を揺り起こした。強姦など、普通の人間は一生に一度もしないものだ。
 「待て冬馬。お前が殺人犯なのは知ってる。だが性犯罪と言うのはまた別だよな。お前本当に強姦魔か。何度やった」
 問われた青年は、馬鹿正直に指を折る。眩暈がした。
 「無理矢理やった事なら……、リンダ、ジョバンナ、…とイリス、と啓輔。四回」
 呆れて言葉も無い。今更ながら青年はエイリアンだ。外見が似通っていて、言葉が通じるだけの、全く別の生物なのだ。
 共に向かうのが得体の知れぬ"革命"で良かった。先が読めぬ物ならば、結末に怯えてもまだ当たり前と思える。だがこれが"人生"で有ったなら、結末は破滅以外の何物でも有りえない。そんな分かり切った結末に、自分から転がり込むのは愚の骨頂だ。たった今、回れ右で退避するのが正しいだろう。
 しかも。 細かな事が引っかかった。
 「俺以外、全部女性の名のように聞こえるが……」
 「全員、女だ。モノにした。まだ身体が小さい時は、男は手強過ぎる。それにその気にもならなかった。…啓輔だけだ……」
 唐突に熱い唇に呼吸を塞がれる。向き合っていた格好のまま、のしかかられて膝を押し広げられる。怒張した部分が身体の中央に乗って、長沢は息を呑んだ。
 「啓輔、俺の、物になって……」
 「嘘だろうお前、何回やれば……!」
 言葉で拒否しても、念を入れて開かれた体の熱は去ってはいない。青年の大きな掌に握りこまれ、筋を辿られて擦られると容易く長沢の物も勃ちあがった。まだ冬馬の物を呑み込んで湿っている場所を広げられ、既に硬さを取り戻した冬馬を突き入れられる。ほぐされた場所は、凶器を拒めずに呑み込んだ。
 「はっ……あ!」
 ずるずると押し込まれて腹が波打つのに身悶える。冬馬が腹を掻き分けて押し入るのに合わせ、喉が自分のものとは思えぬ声を上げ、長沢は思わず口を押さえる。その手を青年の手が掴んだ。
 「とう…ま?」
 「聞きたい。お前の声は好きだ」
 膝を身体の両脇に押し広げて、中央に欲望を突き入れる。尻を掴んで引き上げる。上向いた腰の中に深々と埋め込む。長沢がびくびくと震えた。
 ゆっくりと腰を引いて刀身を引き出す。濡らされた粘膜が惜しむように吸い付くそれを、勢いをつけて突き入れる。濡れた内壁を掻き分けて最奥に辿りつく。濡れた音の最後にぱん、と尻を打つ音が上がる。先程流し入れられた精が、激しい前後動に零れ出る。嬌声が零れた。
 「ひ、あっ、……んあ、あっ……あぁあ!」
 突き上げられて布団に縋る。そこから更に突き上げられ、撥ねた腕で冬馬を捕らえる。長沢が縋れるのは、身体の中をかき混ぜる男の身体だけだった。
 「あっ、…、……う、……っ、んん……!」
 下半身を抱えられ、冬馬に上から押さえ込まれる。突き入れられるものが、腹から背中まで振動を伝える。性感帯に抉りこまれて目の中に火花が散った。
 「冬馬っ……!ああっ、んう…!」
 上向かされた腰で、ぱんぱん、と音が上がる。身体の中を熱がかき回す、前立腺に直に熱が触れる。堪らずに自分の物を握る長沢の手の上に、冬馬が体位を変えて腹を押し付けた。贅肉の無い、筋肉の盛り上がりが、長沢のものを挟み込む、近づいた顔に噛み付くようなキスをした。
 「…はっ、…、んう、…・…ぁ」
 身体の中が熱くて言葉にならない。掻き混ぜられて、溶けていくようだ。耳元で良い?とハスキーな声に尋ねられて、必死で頷く。熱い塊が腹の中で広がる。呑み込まれる。
 「あぁああっ…! 冬馬……っ!」
 はじける。意識が飛ぶ。視界の端に神妙な二つの灰色をとどめたまま、頭が白くなる。苦痛にも近い快楽の中に、ゆっくりと沈みこむ。
 消え行く世界のどこかで、誰かに名を呼ばれた。啓輔、と。それが娘の声か妻の声か、これからを共に生きて行く得体の知れぬ同志と言う名の存在の声かは、分からなかった。
 
 なぁ冬馬。
 お前の言う革命とは、俺の思う物と同じだろうか。行きつく先は何処だ。行き着く先は有るのか。俺達はそこに辿り着けるのだろうか。
 なあ、冬馬。
 俺はお前の同志になれるのだろうか。俺のちっぽけなこの命は、お前の役に立つのだろうか。
 俺は多分、もうずっと前から。こいつを持て余してる。どう使えば良いのか良く分からなくなってる。だからお前が使えるのなら………
 お前の言う革命に差し出そう。
 

− 33 −
 
NEXT⇒