一日の業務を終え、CAFEにきっちりとシャッターを降ろし、大慌てで翌日の下準備を整える。 腕の振り一つにまで悲鳴を上げていたなけなしの筋肉は、痛みを訴えるのにも飽きたのか、夜には随分と大人しくなった。 ランチの終盤にパンが切れて追加注文を出した所為で、いつもより多めに余ったパンを保存ボックスに突っ込む。後で何らかの調理をして食べるにしても、今は別の気がかりがあった。 まだしつこく傷みを訴える腿を叱り付けて、一目散に二階の卓袱台の前に座る。 自分の為のクオリティ珈琲も、今日はオリジナルブレンドの余りをそのまま持って来た。すっかり酸化してしまって美味い訳など無いが、喉を潤せればそれで良かった。その価値観は、まるで二十年前の自らのそれだ。 油断をすると意識に入り込んでくる娘や妻の面影を振り払うためにも、今は何かに夢中になっていたかったし、それに見合うだけの価値の有るものも手許にある。 もみ手をして、角2サイズの茶封筒の中身を引き出す。厚みが10cm近くにもなる素っ気無いA4サイズのコピーの束を引きずり出す。 子供が、貰ったプレゼントの包みを開ける時のようだった。引き出す手に力が篭った。見つめる胸がときめいた。コピーの面をなでて広げる。再生紙にしてはまぶしすぎる白い紙の束を、見つめる。 最近のコピーは再現性が高くて、薄い罫や傷み、圧迫痕までもきっちり残してくれる。紙の表に印刷されたそれらの跡から、これらの原本の多くはバインダーに挟まれていたのだと分かった。頁の端に、紙の束を押えつけていたプレートの跡がしっかりと残っている。 整った文字と、整然と並べられたデータが、この資料を作った人間の性格をよく表している。まじめで几帳面。ただし、独創性には乏しい。 長沢は、カップを口に運びながら、一枚目に目を落とした。 一枚目はメモ。恐らくは鷲津の字で、丁寧に書かれている。日付は一昨年の11月だった。
縮小版データか紙面をコピーしたと思われる記事で、死者の簡単なプロフィールや状況が載っていた。扱いは小さく、「お達者ですか」などとロゴがある所を見ると、地方版の高齢者向け頁と思われる。 この死者に関するコピーを一固まりにして卓袱台に置き、次をめくる。めくる度に現れる死に、同じ動作を繰り返した。
簡潔なメモと、資料が、かつての人の死を語る。 一人の死亡を一つの事件として区分すると、角2の茶封筒の中に入っていたのは、全部で五件の事件。五つの死だった。 上記三件の事件の後に続くのは、勿論、オライオンズ駿河台で見つかった民衆党の富士野 忠明(54)と、ホテル赤坂パークの浴場で見つかった経済総合連体の副理事、横井 孝道(71)の二件、二つの死だ。 資料として添えられているのは、それぞれの社会的な身分に関する公的書類やニュース記事、イベントのパンフレットや出版した本の一部のコピー等。人生の軌跡を簡潔に示す証拠の類だった。 後者二名の死には、長沢自身、リアルタイムで触れている。 当然ながら現在までに調査済みで、封筒の中にあった資料はいずれも長沢が把握済みの物ばかりだ。 例え特別な調査はして居なくても、この二人は政界と財界の有名人である。多少なりとも世事に興味を持ち、政界財界を遠目に眺めている者ならば、名前くらいは知っている人物だ。周囲の雰囲気や構造も、マスメディアを通じてなら大体掴んでいるものだ。その上で興味を持てば、今の時代、インターネットと言う強い味方がある。その気にさえなれば、相当に詳細な状況など、容易く探れるものなのだ。 後者二名に関して、封筒の中には長沢の知らない秘密は無かった。 長沢の興味を引いたのは、、当然ながら残り三名。 三つの束を選び出して卓袱台に並べる。とんとん、と天板の上で端を揃えて改めて開く。 まずは、唯一の女性の「高綱 より」である。 青く染めた白髪と、大きな眼鏡に、微かな出っ歯。本来、醜い面相ではない筈が、口角泡を飛ばしてフェミニズムだの男女同権だのを叫ぶ姿は相当に見苦しかった事しか思い出さない。ジャーナリスト上がりで筋金入りの左翼、長沢の世代にとっては、良くも悪くも露出の高い人物の一人である。理想論者で、机上の平和主義者。正義は360度何処から見ても正義で、悪は絶対悪と言い切る、平板な夢の世界の住人だ。 旧社会党とつながりの強い人物で、資金の出所が一時期取り沙汰された人物だ。当時の社会党内会派の政務調査費が丸ごと流れているとも、他国に大きな支援組織が居るとも囁かれ、そのいずれもが相当のリアリティを持っていた。連日TVで流されたこのニュースが唐突にTVから消えたのは、在中日本領事館で一人の領事が自殺した事件の直後であった。 つい最近亡くなったと言うのはニュースで知っていたが、その名をここで聞くとは、驚きはしないが想像もしていなかった。 次に「林 操一」教授。 こちらはキャリア外交官上がりの作家でコメンテータ。主にアジアの国々の特命全権大使、全権特使などを務め、最終の地は北京。在中華人民共和国大使館で、外交官としての職を終えた、チャイナスクールのすこぶるつきの優等生だ。 まだ記憶に新しい2005年の一連の反日暴動の際は、徹頭徹尾中国側のフォローコメンテータとなっていた。日本政府は冷静に対処しなければいけないと繰り返し言っていたが、その言葉は言う相手を全く間違っていると、天下の親中派の新聞にまで叩かれていた。日本では極々一般的な「識者」と言われる人間のタイプだろう。 彼にも黒い金の噂はあった。豪華な天下り先も用意されていて筈だが、それを蹴って学者でありコメンテータと言う地位に落ち着いた辺りの詳細は謎だ。 資料から目を上げて、溜息をつく。 天井の木目の節を数えて、そのまま畳に寝転がる。合点が行かなかった。 ここまでは分かるのだ。企業家、政治家、ジャーナリスト、学者。それぞれがジャンルも肩書きもはっきりした対象で、理解の範疇だ。何の問題も無い。だが。 合点が行かないのは残りの一人。「最初の死」だった。 金山 町之。66歳。 まるで分からなかった。違和感が有った。アンバランスだ。 寝転がったまま、卓袱台の上の金山の資料の束を手に取る。非常に不可解だった。 資料を見る前、いや、二つの死に触れた時、長沢には展望が有った。展望と言う言い方がおかしければ、死の予想がついたと言うべきかも知れぬ。過去に有り、未来に続く死の"ジャンル"が見えたと思ったのだ。見えたから、疑問に思った。疑問に答が有ると感じたから、そこに流れる意図を読んだ。だから長沢は先を考えたのだ。裏を考えたのだ。その活動に加わりたい等と、常識ではおおよそ考えない行動に迄出ようと思ったのだ。 過去に有った死。正確な数は判らないが、それ程多いとは思えない。この先に続く死。こちらは恐らく、計画が上手く行けば増える筈だ。いずれにしろ。 ここに存在する死の"ジャンル"は決まっている。 選民の死だ。選民の死でなくてはならない。庶民の死であってはならないのだ。 起き上がって資料を繰る。民衆党の富士野 忠明の資料の中には、数冊に上る著書と、億に上る不動産、見目良い妻と利発そうな子供が息づいていた。他の三人についてもそれ程の違いは無い。それぞれが世に誇れる肩書きを持ち、経済的にも恵まれた、いわゆる人生の「勝ち組」なのだ。 代議士、財界の実力者、ジャーナリスト兼活動家、学者。その評価はさて置き、いずれがもその世界でそれぞれに名を馳せた「名士」であり、「勝者」だ。中では富士野が一番若いが、全員が戦前戦中から戦後復興期に生まれており、日本の一番貧しかった時代を勝ち抜いた、いわば猛者達だ。然るに。 最初の一人は何だ。 小売店勤務。一人暮らしの66歳。卓袱台に突っ伏して死に、死後数日発見されない。これを、どう見れば良いのか。 これでは巷に溢れる孤独死だの孤立死だのと呼ばれる死と何ら変わりは無い。これは、庶民の死だ。 アンバランスだ。 資料も彼については、ほぼ無いと言ってよかった。何枚かの写真はいずれも彼が成人した後のものだし、明らかに彼を中心に撮られたものではなく、そこには家族も友人も居ない。不満だった。始まりだと言うのに。初めの死だと言うのに。これでは余りにも資料が少ない。資料が、少ない。 引っかかる。 資料が無さ過ぎる、というのは資料ではないのか? PCの電源を入れる。長沢の想像が正しければ、この男も勝者なのだ。ある世界に戻りさえすれば。 ブラウザを操りながら考える。先程自分は、この資料をこの世に存在する唯一の冬馬の「バックの勢力の資料」と思った。だが今は確信する。それは違う。 鷲津が「一連の事件」と呼ぶもの、冬馬が「革命」と呼ぶ物。これら二つは同一の物だ。まだその片鱗しか見えては居ないが、これは恐らく、ある種の「恣意行動」なのだ。「アピール活動」なのだ。だとしたら、資料が一つの訳はない。 それを教えてくれたコピーの束に指を絡める。唯一の「入り口」の資料。資料と呼ぶには小さな、入り口の案内板。だが。入り口が無ければ誰も中には入れないのだ。 これは、恣意行動だ。完全に匿名の団体が、完全に秘密裡に行う恣意行動。矛盾しているが、それが恐らくは真実だ。つまり、この一連の事件の目的は特定の人々に"知らせる事"であり、それは即ち、敵に資料を作らせるという事だ。この団体は特定の波長で、特定の人々達だけに聞こえる大声で叫んでいるのだ。そう。 「次はお前の番だ。殺しに行くぞ………か。物騒だよねぇ…」 恣意行動と思える理由は幾つか有るが、一番大きな理由は死の場所である。 ここにあるデータは恐らくはほんの一部だ。東京の地方公務員が独力で探るには限界がある。彼が辿れた事件は五件。つまり、東京都内で、僅か一年の間に、五件、事件があったと言う事だ。 この時点でこれが恣意行動だと分かる。 何故なら。もしこれらの死を完全に秘密裡に行いたいなら、この死は場所を間違えている。"自然死"を装いたいならば、五件も、同じ"都内"で"自然死"を迎えてはならない。 都内には監察医制度がある。都内で起る"自然死"は、犯罪との関連を見つけられずとも任意で行政解剖が出来る。不自然な点があれば、ここで気づかれる危険性が高いのだ。同じ"自然死"を装うなら、東京23区は避けるのが、正しいやり方だ。 また、都内には「警視庁」がある。もちろん、他の区域もそれぞれに県警が有って所轄署があるが、日本の首都であり、主要システム、人員、企業が集まる東京に見合うだけの警備、警護をモットーに据えられた警視庁は特別誂えだ。役職名も違えば組織の構成も違う。本質的な変化の有無は兎も角、懸っている金も人員も、地方とは違うのだ。それより何より。 地方公務員でなく、国家公務員が守るのがこの東京だ。国を司り、容易く地方に情報発信、指令出来るこの地で危険を冒す所業を、意味も無くやっているとしたら目出度過ぎる。 つまり、冬馬の属する匿名の組織は、わざわざ日本の中で犯罪を犯すに一番厄介な場所で、僅か一年足らずの内に五人も殺したと言う事になる。これが恣意行動でないと言うならなんだ。秘密裡に行っている行動だとするなら、余りにも荒っぽく、杜撰で愚かな行動と言わねばなるまい。 たまたま、ではない。故意である。総論で無く、各論にも論拠は挙げられる。この、「高綱より」だ。 屋敷があるのは東京都板橋区だが、入院先の病院があるのは埼玉県朝霞市だ。もしこの「一連の事件」を標準的な「殺人」であると仮定するなら、この犯人は余程、間が抜けている。 幾度目かの犯罪だと言うのに、わざわざ「東京」の屋敷で行うなど、用心が無さ過ぎる。小利口な犯人なら、殺すのは家では有り得ない。「埼玉県」の病院で殺すべきだ。絶対に、そうすべきなのだ。 資料を机において、珈琲カップを取る。中身が空になっているのに気づいて溜息をつく。不意に空腹を感じた。
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