□ SOMETHING CAFE □
■ SOMETHING CAFE ■

 
 
□ 決意 □

 

 五時十五分前に唐突に目を覚ます。着ていた物を分別し、洗濯機に放り込んで、機械を動かしながらシャワーを浴びる。歯を磨く。
 長沢啓輔の朝はこうして始まるのだと、冬馬は興味深く眺めていた。
 髭は風呂場できちんと整えるらしいが、頭はタオルで拭って放置すれば終わりらしい。本人曰く、髭は整えないと薄汚いが、髪はどうせ仕事場ではヴァンダナで覆ってしまうんだから構わないそうだ。だからぱさぱさになってしまうのだ。質は兎も角、量自体は多い髪なのだから、少し構えばどうとでもなるのに。
 冬馬との睦事に慣れたのか、スムーズに動く身体が朝のルーティンを次々とこなしていく。ZOCCAのパンを受け取り、下準備を終え、てきぱきと開店前の作業を終えるまで、青年はただひたすら店主の動向を目で追っていた。作業の邪魔にならぬように、仕種の一つ一つを漏らさぬように。その視線に堪りかねた店主が苦笑交じりに彼の名を呼ぶまでずっと。
 躾の行き届いた番犬のようだ。長沢は思う。つい、苦笑が零れた。
 長沢が店の表に荷物を取りに出れば、付き従って扉を開け、中で荷物を受け取って運ぶ。掃除用具を取り出せばすかさず同じ物を取り出して、彼の動きに習う。一人しか入れないこじんまりした造りの厨房に入れば、出て来るまでその前にしゃがみこんで待っている。じっと物問いたげな視線を向けたまま、それでも問い詰めるでも言い募るでもなく、ひたすら黙って待っている。まるで、お預けの命令を貰ったまま、店の片隅に蹲る大型の忠犬のようだ。
 違うのは青年が人間できちんとした意思を持ち、じっと物問う視線を向けて来る事だけ。寡黙な青年の視線は、青年自身より遥かに饒舌だ。焦れたり、怒ったりと言う感情的揺らぎは全く無いが、片時も反らされる事も無い。
 一通りの準備を精一杯早く済ませて、長沢は冬馬をカウンタに座らせた。
 「お待たせ、冬馬。そこに座ってくれ。ちょっと感心した。お前は我慢強いんだなあ。いつ、聞いてくるかと思ったけれど」
 "お預け"が解ける。
 「俺は、徳永などという男は知らない。啓輔、何のことだ」
 輪郭だけが色素を主張する銀色の瞳の注視は、長沢の言葉と共に解ける。苦笑が漏れた。不器用で、正直で、饒舌な瞳だ。
 「うん、それ。昨夜の話の続きだ。じっくり話そう。座ってくれ。珈琲、淹れるから」
 まだ電源を入れたばかりのエスプレッソマシンは使わず、極々普通にペーパードリップで珈琲を入れながら、髭に包まれた口許が言う。ドリッパーに湯が注がれると同時に、冬馬が首を振った。
 何も、物問いたいだけで注視していた訳ではないのだ。視線の先の口許が唱える、昨夜、などと言う単語は直接的に快感に繋がる。纏いつく甘い息やかすれた声、きつく縋ってくる指や手や、もっと直接的な部分の快感に直結する。知的好奇心以外の興味が身体の奥深くで疼く。その時では無いと分かっていても、振り払い難かった。
 前回繋がった時はぎこちなく痛みを訴えていた同じ体が、同じくらい深く繋がったと言うのにしなやかでいる朝、青年は小さな感動を覚えているのだ。目の前の愛おしい男の身体は、以前とどこか変わったのだろうか。変わったとしたら、変えたのは他でもない自分の筈だ。他の誰でもない、この自分、水上冬馬の筈なのだ。それが、奇妙に嬉しかった。
 「出来るだけ早急に、会議に通して欲しい。
 次の話の標的は徳永 虎之助、元、東京地裁判事、現、最高裁判事。話の実行期限は12月25日13時迄。
 ジェノサイダーがそう言っていたと、伝えてもらいたい。」
 急激に現実に引き戻される。甘ったるい感傷は、静かで簡潔な言葉に押し流される。ほんの五日前に酷く動揺した筈の言葉をさらりと口にした男の目を覗き込む。
 ジェノサイダー。
 過去の傷に脅えていた男の姿はそこにはない。今、目の前に居るのは腹立たしいまでに落ち着いた、穏やかな笑みを湛えた男だ。
 冬馬には到底理解出来ない、複雑でナイーブな個性。酷く臆病かと思えば、思わぬ所で肝が太く、大胆なやり方で精神の奥に迄踏み込んで来る。弱気な癖に強情で掴み所が無い。凡ては恐らく"長沢啓輔"と言うルールに則って行われているのだろうが。
 「分からない」
 冬馬にとっては全くの異生物だ。その考えのルートも理屈も、理解が出来ない。
 「何故そんな事が言い切れる。確かに今回の話は期限が切られている。全員がそれだけは聞いている。日時に誤りはない。だが。俺は標的の名など知らない。そんな男は知らない。聞いていない」
 穏やかな笑みと共にコーヒーが差し出される。無地のカップ。ブレンド珈琲に使われるカップだ。
 珈琲とはいわば珈琲チェリーの種子をロースト、粉砕、湯で抽出した飲み物で、チェリーの風味は当然無く、油分と配糖体とアルカロイドの集合体だ。本来は余り立ち上らないフルーティな香りが、複雑な芳香の中に漂う。クォリティ。コスタリカ・ヴィノ・デ・アラビア。朝の一時が贅沢になる。
 当然だよ。静かな声が香りを纏った。
 「お前さんだけじゃない。お前さんの団体の皆も知らない。恐らく発案者と、俺にヒントをくれた"その人"以外はね」
 ぴくり。
 五感が震えた。
 その男の事を、長沢が語るのを青年の本能が拒否する。聞きたくない。一言だって聞きたくないのだ。あからさまな嫉妬だ。これが私事であったなら迷い無く感情を優先するが、今はそんな贅沢は許されない。
 「だから、それをお前さんの口から伝えて貰う。部外者の一般人"ジェノサイダー"を認めて貰うために。
 これから俺がお前に話す主題は二つ。お仲間向けの"アピール"と、お前専用の"真相"。"真相"の方は、俺が何故その結論に到ったかの説明で、お前さんが仲間に話す際の説得力の元だ。"アピール"は、まぁ――はったりだね。
 これを上手くやって貰う為に、これからじっくり真相を話すんだから心してくれ。俺のこれからの命運はお前さんの舌先三寸に懸ってるんだから。
 可能な限り早急に現在の足場を固めないとならないから、そのやり方も話し合っておこう。何しろ俺、今はまだ死にたくない。片足突っ込んだ状態では心残りも良い所だからな」
 は? 冬馬が頓狂な声を上げる。死ぬとはどう言う事だ。
 その大きな反応に、目の前の冷静な顔が、だって、お前も俺を手にかけるの楽しくないだろう、と続けた。青年は耳を疑った。
 「何を言ってるんだ啓輔?俺がお前を手にかける訳が無いだろう」
 「司令官の命令でも?」
 息を呑む。即答が出来なかった。冬馬は司令官の兵隊だ。司令官がやれと言えばそれに従うのが勤めだ。だが。
 司令官が長沢を殺せと指令を下すまでの道のりも、それを言う長沢の心理も分からない。唐突過ぎて理解が追いつかない。何も答えられぬ冬馬に、長沢が呆れた、といわんばかりに大きく溜息をついた。
 「おいおい冬馬。お前さんゲリラだろ。分からない筈無いだろう。そこから話さなきゃならないか?
 お前さん、何段階かすっ飛ばして考えてるよ。俺はペルーのゲリラの戒律は知らないが、秘密行動と言う点については大差無いだろ。いいか。私情を一切交えずに考えてみろ。
 口外無用の秘密組織に一般人が首を突っ込む。組織の人間は、たった一人の推薦者以外、全員が一般人を邪魔だと思っている。俺がその一般人ね。俺は今、お前さん達の組織の障害なんだ。障害は排除してしかるべきだろう?」
 長沢の声に動揺は無い。驚いているのも混乱しているのも、一方的に青年だけだ。私情を加えるなと言われてカップに目を落とす。濃い褐色の液体を飲み下す。爽やかな苦味が口の中に広がった。
 「いいか冬馬、綺麗事は一切無しで行こう。時間の無駄だ。お前さん達のやっている事は、"革命"と言うと聞こえが良いが、テロリズムだ。
 テロとは、目的達成の為には手段の一切の違法性を問わないと言う事だ。殺人、破壊、何でもござれ、ゴールまでの最短距離を障害を凡て吹っ飛ばして進むやり方だ。今一番、簡単に取り払える目の前の障害物は何だ?俺だろう。俺が組織側なら、真っ先に俺を消すべきだと進言するね。
 だって俺、首脳では有り得ない"実行班"のお前が連れて来た、厄介な一般人だよ。有益なのか有害なのかも、明確に分からない不安要素だ。口の軽い奴かもしれないし、マスコミとつるんでるかもしれない。不穏分子は取り除きたくて当たり前だ。
 幸いにして、今はまだ様子見の期間らしく、誰も何も手は出して来ないけれど、それだって時間の問題だろ。一端、組織に害になると首脳部が判断すれば、即刻排除の手続きに入るだろう。排除、即ち消去。東京湾だか富士樹海だか外国だか福建コミュニティだか知らないけれど、幾らでも場末の喫茶店の店主など容易く葬れるさ。
 その時、その排除作業に当るのはお前か、お前の仲間だろう。流石にそれは俺、ちょっと避けたい」
 青年の脳裏に唯夏の顔が蘇る。整っているだけで面白みの無い、冷徹なマシンの顔が眼の奥に翻る。彼女なら恐らくは眉一つ動かさずに、容易く長沢の息の根を止めるだろう。
 「だから、テロリストの親玉に役立たずと断じられる前に、俺は一刻も早くアピールしないと。俺は飼っといた方が取り敢えずは得だと思って貰わないと。だから、可能な限り早急にアピールしてくれ。
 彼らの度肝を抜いてくれ。俺がこれから言う事を、能率的に効果的に、冬馬が仲間に伝えてくれ。俺の……俺とお前の足場を固めるために」
 言葉が途切れる。芳醇な香りがカウンタを包む。冬馬は深呼吸をした。

 お前を、恨むよ。お前は、俺を巻き込んだ。得体の知れない物に。

 あの日の長沢の声が蘇る。同志になるというのは、こう言う事だ。
 猿楽町の片隅の平凡な人生が、事件に飲み込まれる。ペルーから流れ着いたゲリラ崩れが"革命"と呼ぶそれに、平凡に生きる事を願っていた筈の喫茶店の店主が巻き込まれる。
 きっかけはゲリラ崩れの凶行だ。陵辱と言う、卑劣な行為だ。店主はその時、純粋な被害者でしかなかった。
 だが店主が言ったのだ。被害者でしかなかった筈の彼が言ったのだ。"巻き込め"と。どうせ巻き込んだのなら、きちんと革命に迄巻き込めと。革命の闘士になろう、お前の同志になろう、彼はそう言ったのだ。
 これが、そう言う事だ。
 一介の喫茶店店主が。平和な世界で生きられた筈の男が、きな臭い世界に引きずり込まれる。つい先程までの甘い思いが吹き飛ぶ。俺の手が変えるのはこの男の身体じゃない。身体も心も運命も、凡てだ。この俺の手がこの男の凡てを変えるのだ、壊すのだ。平穏無事な日本の中で平凡に過ごせたであろう筈の運命を恐らくは火達磨に、血まみれに。変えるのだ。
 思わず見つめる。そうだ。分かっていた筈だ。運命を共にしようと言ったあの日から、分かっていた事なのに。心臓が軋んだ。俺は。
 俺は何よりも大事な宝を、この手で壊そうとしているのか?
 長沢は溜息をついた。青年の、縁だけが黒い銀色の瞳。出会った頃はひたすらに無表情に見えた冷たい瞳も、見慣れてしまえば青年自身よりも遥かに饒舌だ。澄んだ灰色の虹彩の真ん中、その更に奥に、嘘の下手な野生児が蹲っている。
 どうしてどうして感情豊かで繊細で、知的な若者がそこに息づく。他の同年代の日本の青年と違うのは、彼が鋭い牙と爪、それらを扱うノウハウを併せ持ち、過酷な状況下でも容易く潰れない強靭な精神を持っているという点だけだ。生き残る術に長け、タフに出来上がった獣。だが、元を辿れば。彼もただ一人の青年に過ぎない。
 「冬馬」
 ことさらゆっくりと名を呼ぶ。カウンタに蹲る青年の左手に腰かけ、その視界の中心に挑む。灰色の瞳を占領しているのは困惑と躊躇だった。
 「この数日、俺は別の方向からお前のお仲間が今までにして来た事を調べていた。場所は東京に限定されるし、恐らくは活動の極々一部に過ぎないが、団体の活動理由や趣旨は大体分かった。お前が"革命"と呼ぶ物の輪郭は、俺なりにきちんと掴んだと思う。今回の"話"も、そこから全く外れていないしな。
 冬馬、俺はさっきこれをテロリズムだと言ったな?」
 その通りだ。武力革命はテロリズムだ。
 そのテロリズムに、青年は長沢を巻き込んだ。もう失いたくないと半ば強引に引き寄せた腕の招く結果を、先程改めて思い知らされた。全力をかけて守ると誓ったその言葉の虚しさを、今頃思い知ったのだ。
 「冬馬、お前はこれを革命と言う。世間一般ではこれをテロリズムと言うだろう。他の国だったらこれは軍事クーデターの方向へ行く。だが日本には軍も無く、戦争を知らない我々の世代にはクーデターを起こすだけの意思もノウハウも無い。だから俺は」
 不意に言葉が途切れる。冬馬は長沢に向き直った。
 戦争を知らない世代。そう言われて初めてその事実に思い至る。そうだ。日本では半世紀以上も前から内乱すら起っていないのだ。冬馬の目の前にいるこの男は、彼の倍近くも生きながら一度も銃すら握った事が無いのだ。
 軍から逃げ、センデロ・ルミノソから逃れ、雨の中を、風の中を彷徨った少年が、いつかその手に握った銃の重さなど、長沢は知らない。自ら砥ぎ出したナイフで相手の咽喉を掻っ切った手応えや、油断すると自らの手に食い込む刃の熱さも、目の前の男は知らないのだ。自らが生きる為には相手を殺す事に躊躇しないのは理屈ではない。本能だ。純粋な本能なのだ。本能が戦いを生み、本能がテリトリーを決める。その本能が目の前の男に有るのか、瞬間、迷う。
 平和に飼い慣らされ、本能の薄れた日本人と言う動物に、自ら立つ本能は残されているのか。長沢の眼を覗き込む。分厚い眼鏡の奥の、静かな瞳を凝視する。
 本能があれば、本能の生む戦いの意味が分かるだろう。だが生命を維持する為の、尊厳を死守する為の本能すらこの男に無かったら?本能の生む戦いに翻弄される青年を、自身の尊厳と意地の為に命を賭して抗う青年の精神を、この男は軽蔑するだろう。自ら闘わぬ者は、闘い自体を軽蔑するだろう。不意に、恐ろしくなった。
 この男に軽蔑されたら?
 彼の理由である革命を。存在そのものの本能を。軽蔑されたら?
 この男が纏う死の香りが青年の勘違いで、時折見せる鋭さが凡て刃を持っていなかったら?
 カップを持っていない片手が、青年の頬に差し伸べられる。柔らかな指先の感覚に身を固める青年の目の前で、見つめていた瞳が緩んだ。
 「俺は――、お前達を誇りに思ってる」
 息を呑む。呼吸が止まる。鼓動すら止める。瞳に偽りは無かった。
 「何て顔、してるんだ冬馬。お前、俺を見誤ってやしないか?」
 不恰好な黒縁眼鏡の、度の強いレンズの向うの瞳が青年の視線を絡めとる。包み込む。何もかも分かっている。そう言わんばかりに。
 「そうだよな。思えばお前とこの事を、きちんと話した事すらなかった。もっと早く、機会を設けるべきだった。
 お前が構えるのも無理は無い。テロリズムの撲滅が第一義とか、暴力はいかなる状況においても悪だとか、人の命は地球より重いとか、日本ではそんな綺麗事が真実のように唱えられるよな。それは常識で、そこに異議を唱える者は凡て差別主義者で悪だとまで言い切る。でもな。
 それならば残念ながら、俺は悪だ。この世に勧善懲悪など存在しないし、テロリズムや暴力が正しい状況など幾らでもある。人の命など人の命に過ぎないし、それよりも重いものなど掃いて捨てても余る位有る。人間だけが他の生物より上だなどと、特別だなどと思うのは、人間の思い上がりに過ぎない。
 人間だってただの獣だ。ボスの命は大事だが、有象無象の命などどうでも良い。人の命は平等ではないし、群れの為に殺されるべき命もある。必ず優先順位があって、守らねばならない物がある。テリトリーを持ち、敵を退け、子孫を生み育て、群れを形成する。文化を生み育て、人は文化的生物となる。そこで初めて本能以外に"理性"を得るんだ。理性など後付けだ。本能を持たず、本能を認めない理性など淘汰されるべき物だ。
 俺は本能の闘いを否定はしない。本能こそ善で、理性は後から人間が作り出したものだ、間違いだらけだよ。
 冬馬、俺はお前を軽蔑したりしない。それどころか。調べていて良く分かった。お前達は確かに革命の闘士だよ。その革命の先が明るいか暗いか、俺には良く分からない。それでも。闘おうと立ってくれたのは、今の日本では多分、いや、確実に。お前達だけだ」
 器用な指が頬を辿る。
 こちらを見ろと諭しながら、良い子だと宥めながら。
 「聞いてくれ、理解してくれ。他の誰が何と言おうと、俺はお前達を誇りに思う。
 闘うお前達を――、お前を。心の底から尊敬する。感謝している。人間として。情け無いほどに無力で弱い日本人の一人として。
 冬馬、俺を見誤ってくれるな。俺は無責任で頼りないし、お前の足手まといになるくらい弱いが、目的達成の為に命を差し出すと言った言葉は嘘じゃない。革命に巻き込めと言ったのは俺だ。お前はそれを受け入れただけだ。俺が選んだ道だ、お前の咎じゃない。お前の言葉をそのまま返そう。
 俺の道はもう決まっている。俺は同志を裏切らない」
 頬を辿る指を捕らえる。力任せに掴んで初めて、自らの震えを知る。胸郭の中で暴れていた鼓動を知る。自らの恐怖と怯えと、例えようもない安堵を思い知る。そのまま抱き寄せて包み込み、胸の中の存在に縋りつく。

 同志になるというのは、こう言う事だ。

 平穏無事で平凡に終わった筈の「長沢啓輔」の運命を、俺は「水上冬馬」は、恐らくは火達磨に、血まみれに変えるのだ。ただ。
 一人で行かせはしない。火達磨になるなら二人共にだ。血まみれになる時は二人共にだ。この革命が終わるまで、凡てが終結するまで。運命を共に、生死を共にしよう。
 それを長沢が是とするならば、冬馬に何の異論も無い。無いどころか。ずっと願っていた、望んでいた、欲していた、これが未来だ。
 胸の中に縋りつく。きつく、きつく。力の限りに。
 堪りかねた呻き声が咽喉の下で上がった。
 「おい、冬馬…っ、手加減してくれ。同志に…絞め殺されるのは……趣味じゃないっ」
 

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