全ての「作業」を終えて、青年は同じ部屋で眠る事にした。 青年の名は冬馬。 水上と言う立派な苗字も持ち合わせているが、24年の人生の中で使われた覚えは殆ど無い。フルネームが必要な機会は殆ど無かったし、他人から呼ばれる名は、精々が「冬馬」か「トーマ」だった。かつては親しみをこめて「Nino(ニーニョ)」や「ムチャチョ」と呼ばれた事もあるが、そんな日々は遥か彼方に霞みつつある。 自分が心行くまで味わった身体を布団に寝かせる。 倍近く生きている男の顔を見下ろす。引き攣れた傷一つ無い、痣一つ無い顔だ。この男は飢えて震えた事があるのだろうか。一切れのパンの為に、誰かの命を奪った事があるのだろうか。 随分と時代がかった木造モルタルの、純日本風室内の大きな押入れから掛け布団を引きずり出す。冬馬はそれに包まり、そっと長沢の横に横たわった。 どんなに熟睡しても3時間以上連続で眠り続ける事はないから、長沢がどんなサイクルで生活していようが対応できるだろう。小さな物音にも直ぐ覚醒するから、邪魔になる可能性はまず有り得ないし、2DK以上の造りの家には、まだ幾人もの人間が寝泊りできる余剰スペースがある。 以上の理由から、冬馬は一つの結論を導き出した。一人くらい増えてもどうと言うことは無い。 我ながら筋の通った理屈に納得して目を閉じる。直ぐ耳元に穏やかな呼吸が聞こえて、深い嘆息を吐く。人の呼吸音に包まれて眠るのは久しぶりで、胸の奥が、ぽっ、と暖かくなった。 こんな夜が続けばいい。 平和な、夜が。 日本には、泥と排泄物で出来た建物は無い。城のように積み上げられたバラックの街も、マンホールの中の子供の家もない。自動車爆弾の破裂音もしなければ、遠くに響くAKの音もない。道端で眠ったからと言って、首筋を食いちぎるコヨーテもいない。強盗傷害が増えたと言っても、「増えた」等といっている内は、まだ大した事はない。 車の排気音と、人々の嬌声。若者たちの歌声と笑い声。 こんな夜が続けばいい。ずっと、永遠に続けばいい。 何かが気になって目が覚めた。瞬時に覚醒して身構える。腕時計のデジタル画面は5:04。冬馬は横になったまま周りを探った。
|