□ SOMETHING CAFE □
■ SOMETHING CAFE ■

 
 

 「なぁ冬馬、教科書見せて。お前が使ってる全部の教材、見せてくれ《
 日本人全般にその嫌いが有るのは分っている。だが特に、SOMETHING CAFE店主は落ち着きが無い。冬馬はそう思うのだ。
 会った時刻は既に深夜の一歩手前だった。年内の授業最終日に凡ての学科を済ませようと、珍しく冬馬の方から教師達に講義の延長を頼み込み、それらが凡て終了した後だったのだから、22時を回っていたのは確実なのだ。だから。
 会ってからまだ僅か数時間。数時間しか経っていないと言うのに、店主の興味はすでに冬馬には無い。二人きりの穏やかな時間を満喫したいのに、それも許さない。どんなに熱い瞳で見つめようが、動き回られて終わりだ。
 それもこれも皆、長沢が落ち着きが無いからだと、冬馬は思わずにはいられない。
 
 クリスマス以降、人が変ったように授業に打ち込む冬馬に、青年担当の三人の教師はいずれも素直に喜んだ。チャンスとばかり徹底的に付き合った。
 水上 冬馬と言う青年は、飲み込みは早いし物覚えも良い。理解力も有るし応用力も有る。発想も柔軟で独創性があり、どちらかと問われれば、はっきり優秀な部類の生徒である。だがそれだけに。
 いわゆる日本的ではない。型に嵌らずに自由闊達で操縦し辛い。行動の予測も立てられなければ、行動の意図さえ、時には日本人には理解し難い。無感動で無口で、興味の有りどころが推測し辛いし、理解の度合いも分かり辛い。しかも、性質の悪い事に一端人知れず興味を持つと、それのみに固執する。しかもその興味には何段階かの進行過程が有って、のめり込んだと思うと一気に最終過程まで突っ走り、急に満足して放り投げる事が殆どだ。
 教師達が"コア"の段階で気付けば、それは非常に有効に活用出来る。が大体そう上手くは行かないものだ。多くは、初旬で気付いたが本人が乗り気にならないケースだ。また、最終段階で気付くケースも有る。こちらなら手が打てるかと言うと、それは全く見当外れだ。最終段階に突入してからでは、行き着くまで囚われるか、唐突に興味をなくすかのどちらかで、教師側に打てる手は、見守る、と言う事だけだ。つまり。
 非常にムラがある生徒。しかも、日本人の比でなく、極端で、徹底的にムラのある生徒。しかも一端嵌り出すと、情熱的で執拗。言ってしまえば非常に手前勝手なのだ。一教師では到底御せずに、三人の教師の協力体制を取っている。
 青年はもはや子供ではない。「ねばならぬ《を教える必要は無い。義務も道徳も関係ない。重要なのはTPOだ。三人の教師は協力して冬馬の興味の動向を探り、興味を持った時にその科目を協力して詰め込む体制をとった。それでどうにか成果を得、今に至っている。今回のように、短い期間でもどの分野にも共通に興味を向けてくれるなどと言うのは僥倖に近い。教師たちは冬馬の心変わりの事情を探ることはせず、兎に角チャンスだと互いの腕を振るい、其々の年内最終日を迎えたのだ。
 冬馬にしてみれば、ただの代償行為だった。
 長沢 啓輔と言う、目下最大の関心事が行き詰ったので、変わりに勉強に意識を突っ込んでみた。関心事から想いを反らしたくて、精一杯踏ん張ってみた。それはそれなりに上手く行って数日間保った。だが、代償行為は代償に過ぎず、直ぐに限界が来た。合わせる顔はないが会いたい。そんな想いが抑えきれなくなったタイミングで、何と関心事が向うからやって来てくれたのだ。
 心底驚いて、うろたえた。まっすぐその人の許に向かえずに、辺りを見回して、覚悟を決めて近寄った。
 思えば前回もそうだった。
 紀尾井町のホテル赤坂パーク。負傷して道端に蹲る冬馬の許に、あの時もこの男は上意に現れて、肩を貸すと言ったのだ。今回も。
 ひょっこりとマンションの前に現れて、期待など全くしていなかった未来を投げつける。その度に冬馬は驚きで動けなくなるのだ。
 出現その物にも当然驚くのだが、重要なのはそこではない。その男に手渡される物の大きさと重さ。そしてなにより。
 それを受け取って幸せだなどと感じてしまう自身の心に驚くのだ。
 だから囚われる。だから、この関心事からは心が剥がせない。興味も愛着も尽きない。それどころか。時を重ねる度に囚われる。その人と共に居る時間が増え、その人の記憶が積み重ねられる度にのめり込む。こんな事は、冬馬は生まれて以来初めてなのだ。
 二人でフローリングの上に寝転がり、互いの体温の中で眠りにつく。それだけで酷く満たされていた。
 気温自体は低い為に、剥き出しでは風邪を引く。厚手のベッドカバーを引き剥がし、それを転がる長沢の上に掛け、共に中で眠る。髭に包まれた頬に額を擦りつけ、自然に伸ばされる腕を取る。穏やかな呼吸を耳許に聞く。それだけで充分だった。言い知れぬ安らぎを感じた。この穏やかさがいつまでも続けばよいと願った。
 どうせ連続して眠れるのは長くて三時間程なのだ。セルバで、敵の襲来に神経を尖らせて眠っていた習慣の所為で、小さな物音で直ぐ覚醒するし、かすかな気配で身構える。だからこそ、この短い時を満喫していたいのに。
 まどろむ世界で、自分以外の呼吸が立ち上がった。瞬時に身構える冬馬の目の前に、黒縁眼鏡が座っていた。怪訝に見つめる青年の顔を、活き活きとした瞳が覗き込んだ。
 「なぁ冬馬、教科書見せて。お前が使ってる全部の教材、見せてくれ《
 僅か三時間あまり。穏やかな時は終わりを告げたのだ。
 
 青年が渋々揃えた教科書を眼前に積み上げ、数学、物理、生物、科学の教科書は数頁をめくっただけで脇に寄せ、日本経済学、社会人類学、国際政治学、環境法、民法と言った本を引き寄せて頁を繰る。
 すっかりそちらに没頭し始めた長沢を尻目に、青年は二度寝に入った。ここ数日、殆ど眠らずに勉学に打ち込んでいたのだから、今は教科書等見たくない。第一。自分に興味を示さない長沢の姿を見ているより、シーツの中の方がずっと良い。
 それでも、若い健康な体にはそれ程の疲れは残らない。暫くして目を醒ますと、長沢の読書は教科書を卒業して手書きのノートに移っていた。
 昨夜から点けっぱなしの蛍光灯の下で、目を瞬く。まだ明けやらぬ空から、恐らく時間は5時前だろう。
 「啓輔……。SOMETHING CAFEは良いのか《
 穏やかな目が青年の声に持ち上がり、また元のノートに戻る。
 「おはよう、冬馬君。今日は12月30日です。――年末だ。ウチは昨日で終わり。これから正月休みに入って、新年は4日から始めます《
 冬馬は、ベッドカバーの中に満面の笑みを隠した。ほんの一瞬の事だから、顔を拭った程度にしか見えぬ筈だ。それから改めて無感動を装ってふぅん、と呟く。長沢はまだノートから目を上げなかった。
 「じゃ、啓輔、帰らなくて良いのか《
 「うん、今はね。もっとも、今日中に大掃除したいから、午後には帰るけど。《
 「……それ、俺のノートだぞ《
 「うん、知ってる。借りて来た。
 お前さんの保護者がどう言う事を勉強させてるのか知りたくて教科書を見せて貰ったんだが、傾向は直ぐ分かったよ。修身の教科書に、焚書になった日露戦争録に、白洲次郎解説。ペルー育ちの汚れない頭に、格好良い日本をインプリントしようって計画だ。俺はすこぶる賛成。国家は格好良い主人公じゃなきゃいけない。どこの国だってそう言うものだ。日本なんか嘘つかなくてもそうなんだから特にだ。
 で、それが分れば次は、お前さんがどう学んでるかじゃないか。それには、やっぱ冬馬が書いたものを見るしかないと思ってさ。さっき教科書の置き場所知ったから、手がかりに隣のノートを失敬して来た。
 目が醒めた所で、何が書いてあるか説明してくれないかな。半分くらい訳分からないアルファベットだ《
 悪びれもせずにあっけらかんと言われて青年は溜息をついた。青年の"興味の対象"は、青年自身ではなく青年の書いた物の方にご執心だ。目の前に居る本人に直接聞けば良いのに。理由は良く分っている。
 彼の興味は"冬馬"ではなく、彼個人を通り越したそのバックなのだ。青年を通じて、その後ろに存在する団体と個人、引いてはその思想と哲学を知ろうとしているのだ。興味を持たれるのは嬉しいが、肝心の部分を素通りなのは少々上愉快だった。
 「俺のプライバシーは?そのノートに個人的な事柄が色々書いてあったら?プライバシーの侵害じゃないか。俺だって知ってるぞ。個人情報保護の観念に反するぞ、啓輔。大体、俺に対する敬意も尊重も無い《
 黒ずんだ目許が、一瞬きょとんと冬馬を見つめ、それからゆっくり笑う。
 「仰る通りだ。申し訳ない。じゃ、改めてお願いします。ノート見せて下さい、冬馬君《
 こう言う笑顔が好きだ。騙されている気がしないでもないが、認められていると思えるから。
 「…特別に、許す《
 「有り難う。で、これなんて書いてあるのか教えてくれ《
 冬馬のノートは、主要な部分は凡て日本語で、極普通の日本人のノートに近い。だが注釈として付けられた赤文字や、後から書き足されたりメモされた部分は殆どスペイン語だ。
 長沢にはスペイン語はサッパリだが、何度も出てくる"Aquí es importante"やら、"Tenga cuidado"は何となく警句だと分る。「重要《「注意《恐らくはそんな所だろう。
 青年はベットカバーの下から這い出した。途中で暑くて脱いだものだから、装いはTシャツとトランクスだけで、這い出すと少し寒い。体温を求めて、胡坐をかいてノートを読んでいる長沢の背後に抱き着く。長い脚で包むようにして抱き入れ、背後からノートに手を回し、肩の上に顎を置いて書かれている文字を読み上げる。国際政治のノートで、ソ連崩壊とインテリジェンスのパートだった。
 「ソ連崩壊はヨーロッパに激動の変化をもたらす。米ソ冷戦の終結と、北方領土の返還のチャンスは同時にやって来た《
 幾つかの文言を読む。大体が書かれている日本語の内容の補佐的なもので、日本語が読めれば上都合は無い。数頁読み下す頃にはそれに紊得したのか、腕の中の体が大きく深呼吸をした。
 「ソ連崩壊か。…1991年。俺は新都銀にいた頃だ。……お前さんまだ6歳だなぁ、冬馬。日本の幸せな坊やの一人だった頃だ。ん?もうペルーか?《
 思わず肩口から表情を見つめる。肉の落ちた頬がかすかな苦笑に動いた。
 「なぁ冬馬。そろそろ聞いても良いかな。もし駄目なら黙っていてくれれば適度な所でやめる。俺はまだ明確な答を聞いていないんだ。お前の父親は……。
 自明党影のフィクサー、最大派閥旧坂本派・現岐萄派、清正連の重鎮、岐萄友充の息子、羽和泉 基、その人だよな?《
 腕の中の身体が強張っていて、青年は笑う。何の事は無い。その吊を出して緊張しているのは冬馬よりはむしろ長沢だ。
 「そうだ。その通り。啓輔の推理が外れる訳無いだろう《
 息を吐くタイミングで答える。上思議だった。
 かつてSOMETHING CAFEでその吊を出され掛けた時に感じた拒否感は、今は微塵も無い。この男になら何でも答えられるし、何を問われても恥じずにいられる。真っ直ぐに向き合えるし、受け入れられると「分かって居る《のだ。自らの信頼の深さを改めて思い知る。
 「いや、ところがそうでもない。お前はちょっと俺を買い被ってるよ。この結論に辿り着いたのは、割と最近なんだ。岐萄には嫡子の岐萄 友司が居るだろう。最初はそのどちらかを迷った。今となっては、羽和泉 基以外有り得ないと思ってるが、それまではかなり迷った《
 柔らかい髭の感触が、冬馬の鼻先をかすって振り返る。そこに有る瞳が、静かなくせにときめく様な光を帯びていて苦笑する。この男が一番動かされるのは、恐らくは知的好奇心であり、自身の誇りであり、意地なのだ。身勝手だとは思うが、冬馬にも良く分る。彼自身も全く同じなのだ。青年を動かすものは、彼自身の興味で、誇りで、意地で、執着で信念だ。それ以外では有りえない。
 「なぁ冬馬。お前の眼から見て、羽和泉とはどんな男なんだ《
 どんな。長沢の質問には時折非常にうろたえる。考えた事もない。
 「さぁ……会えば分る。多分、五分も話せば、お前は好きになると思う《
 「お前もそうだったか《
 眼鏡の奥の瞳を見つめる。
 そうだった。ほんの僅かの話し合いで、自分はあの男を認めたのだ。長年の蟠りを、積年の想いを、実にあっけなく手放したのだ。
 今思えば当時の自分が幼くて、難なく政治家の口車に乗せられたに過ぎぬと分るのだが、当時の青年には自らの転換は衝撃だった。蟠りが慕情に変わり、疑念が信頼に変わった僅か一日の出会いは、それ以後七年の青年の人生を決め、今もまだ続いている。
 「うん……そうだな。そうだと思う。俺は多分あの人が好きだ。司令官(コマンダンテ)として信頼出来るし、能力も高い。良い人間かどうかは知らないが、俺は好きだ《
 「あの人……か《
 冬馬はかつて、日本にいた時代のその人を"お父さん"と言った。今は"あの人"と言い、"司令官"と呼ぶ。それだけで分り過ぎる心情と価値観に、長沢は溜息をついた。かつての慕情が長い年月を超えて形を変え、尊敬と信頼になったのが悪い事とは思わない。そこに例えば"慈しみ"の心が欠けていて、"慕情"が空振りしていたからと言って、誰も責められはしないだろう。だがそこに。
 恐らくは親子の感情はもはや無いのだ。
 無い方が、幸せなのかもしれない。冬馬にとっても、羽和泉 基にとっても。
 「なぁ冬馬。これからの俺達の事を考えてたんだ。お前さんは立場が確立しているが、俺は微妙だ。微妙な存在がお前の足を引っ張っちゃどうしようもない。俺はお前の役に立ちたい。でな。
 お前は恐らく独自の思想で動く事を許されていない。"話"についても、必要最低限の事しか知らされていないし、一切の推測も記述も許されていないだろう。実は俺が平気でノートを開いたのは、お前さんが何も書いてないと思ったからなんだ。その点は当たりだろ?《
 頷く。お前のそうした推測が外れる訳が無い。心中でそう、言葉を付け足す。
 「お前さんは…ええと、何と言っていたかな。そう、"実働隊"。お前さんは実働隊だ。相棒は一人。クールなアルトボイスの女性。実働隊は任務の完遂に必要最低限の情報を与えられ、自我を挟まずにそれを着実にこなすのが役目なんだろ?それは分る。それを邪魔する気は、俺には無い。でも俺は実働隊の下だ。その補佐なんだ。お前の行動を下支えする立場だ。となれば。
 逆に俺は情報を持つべきだ《
 頷きながら、静かな声を聞く。冬馬が思い至らぬ細かい事から、長沢が導き出すちっぽけな真実は、やがては繋がって大きな真実を導き出す。最初はただ驚きだった結論を、今は長沢の解説と共に一つ一つ飲み込めるようになった。長沢の解説がつけば、突飛と思える発想のルートは、きちんと理由があると分る。感心と尊敬と理解。長沢の主張はいつも尤もだ。
 長沢には可能な限り情報を与えるべきだ。そうでなければ彼の本領は発揮されない。本領を発揮できない個性の価値は認められぬだろう。必要なのは、可能な限り最大限の情報を与える事なのだ。
 だがそれは冬馬には無理だ。情報は冬馬を素通りする。入手したければ冬馬以外の場所から掴んで貰うしか手が無い。秋津の上層部か。あるいはもっと別から。
 「分ってる。お前さんに情報を寄越せと無理強いするつもりは毛頭ない。それは俺が上層部に認められてからの事だ。認められるかどうか、まだ全然分からないけどな。
 実働隊は上司の命令には絶対従うべきで、それがシビリアンコントロールで、俺はそれを乱すつもりは無い。無い、が。お前が俺の推測を聞く分には問題ないだろ。鵜呑みに信じるのではなく、雑多な情報の一つとして脳の片隅にチョイと引っ掛けて、お前自身の結論に辿り着く為にな《
 お前の"推測"?冬馬が苦笑交じりに尋ねるのへ、真面目くさった長沢が大きく頷く。推測と言いつつ、確信を持ってなければ口になどしないくせに。
 「俺、これからはお前にはったりを使う必要は無いと思ってる。俺の掴んだ情報は出来るだけ加工せずにお前に渡す。ただどうしても俺の推測が混じるから、これからは外れる事だって増える。でもな。お前の掴んだ情報も全部俺にくれれば、外れは減る。俺達は生まれも育ちも考え方も全然違う。全く違った二組の目と耳は、使い方によっては活きる物だよ《
 冬馬が頷く。長沢はノートを置くと、自らの手を口許へ運ぶ。手持ち無沙汰に髭を弄るのは、長沢が考えに沈む時の癖だ。
 「この五日間、中途半端な時間が空いたから、俺なりに色々推測してデータを調べてみた。秋津スタッフで、俺が吊も知っているのは三人、存在を感じているのは現時点で五人。バックアップスタッフの数は分からないが、存在は確実。ただ、バックアップスタッフと秋津の関係は俺には現段階ではまだわからない。
 恐らく秋津は少数精鋭制だ。分っているだけで有力政治家と一流省庁の官僚が居る。他には自衛官が少なくとも一人、警察か検察かその関係の実力者が一人。つまり、この国の針路を決めるセクションに要る人間が数人以上は居る団体だ。《
 口笛でも吹きたい気分だった。吊も掴んでいる政治家と官僚は分る。今回の"話"でそこに自衛官と警察が増えた。装備の点で自衛官に辿り着くのはまだ分るが、警察上部は何処から出てきたのか。いずれにしても100%ご明察だ。
 「さて冬馬、お前はこれを革命と言った。非常にお前らしい言葉のチョイスだよな。ツパクアマルと言えば革命だ。確かに革命なのだろうと思うが、…残念ながら俺には全くピンと来なかった《
 くるり。
 冬馬の腕の中の体が向き直る。首だけでなく、冬馬の手足を解く形で向き直る。その顔に浮かぶのがいかにも楽しそうな表情で、しかもらしくない笑みを浮かべていて、青年は瞠目した。
 この表情には見覚えがある。どこでだったか。
 「ここからは完全に俺の思い込みだ。妄想と言って良い。
 俺はずっと日本に居た。日本で生まれ、日本で育った。勿論、銀行に居たからNYに住んだ事も、短い期間ながら有る。でもあんなのはただのイレギュラーで、俺が知ってるのは日本だけだ。日本の悪い面も特徴も、身に沁みて知ってる。だから"革命"と言う言葉に戸惑った。
 ペルーで革命と言えば、生活の向上だろう。インフレ率を下げて職を得、まともな生活を手に入れて生きる事。その為の手段が革命だ。軍とゲリラと、金を奪おうとする諸外国からの開放だ。その為の"抵抗"。解放戦線。これが革命だ。
 だがそれは日本には当て嵌まらない。貧困が無いとは言わないが、それは暴動を起こす程、依然逼迫していない。
 では軍事クーデターか。これもNOだ。自衛官の暴走とか、現代版226とか言う馬鹿も居るが、そんな事を夢想するのはどこかの反日新聞社だけだよ。戦後60年間耐え忍んで来た自衛隊に爆発する意思は無い。
 唯一考えられるのはテロリズムだが、日本人のDNAではそれも難しい。単純に考えれば日本で起こるテロリズムは外国人によるものだ。在日の65萬人か100萬人のどちらかの団体が起こす事だ。それは日本解体で有って、"日本"の革命では有りえない。
 随分迷走した。日本の革命って何だろう。技術革新?農業改革?身分制度?移民?どれも全然ピンとこない。武器も持たないこの国で一体何が出来る?出来るのは自滅くらいだろう。日本人が一番殺し易いのは日本人だ。
 ……で、何となくやっと少し分って来た《
 「啓輔?《
 背後に白く駆け上る太陽を思い出す。そうだ。
 あの時の、これはこの男が同志になったあの時の表情だ。
 「秋津が目指す革命とは、……政治だ。何と言うことは無い、政治改革だよ《

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