□ SOMETHING CAFE □
■ SOMETHING CAFE ■

 
 

 新幹線のぞみ3号は、9時を待たずに新神戸駅に着いた。
 扉が開くと、ようやっと陽の光に温み始めた風が足下から這い上がる。まだまだ冷気の支配する街の中へ歩み出すと、どちらか言うと殺風景なパノラマが二人を迎え入れた。
 見慣れない景色はいつも、未知の匂いとセットでやってくる。心が弾んだ。幾つになろうがルーティーンからはみ出す事は楽しいのだ。旅はいつも未知への探検なのだ。探検が嫌いな男などいない。
 楢岡が大きく伸びをするのに合わせるとも無く、長沢も背伸びする。男二人で呻き声ともあくびとも着かぬ声を上げて目を擦る。どちらかが親父くさ、と呟いた言葉に二人で苦笑した。親父くさいのは仕方が無い。不惑近い男と不惑をとうに過ぎた男に青年の匂いを求めても無理だ。それでも。鼻腔をくすぐる空気がいつもと違って新鮮な事に浮き足立つ心は一緒だ。
 新神戸駅に下りると、駅前はがらんとしていた。コンコースらしい曲線道路が走り、その手前に駐車場がある以外、ビルも街も眼下に遠い。新神戸は山陽新幹線のために作られた駅だから、繁華街は阪急線の方にあるのだ。新幹線から吐き出された人波があちこちへ散る中で、楢岡は長沢を外へ手招いた。
 閑散とした広いコンコース。
 その片隅に、白とオレンジのツートンのワンボックスカーが停まり、男がこちらに気付くと手を振った。楢岡も殆ど同時に手を上げる。
 ああ、レンタカーを頼んだのだと理解する。駅まで届けてくれると言うのはサービス過剰だから、恐らくは楢岡の知り合いか、"つて"の類が届けてくれたのだろう。それにしても。妙な違和感が有った。
 歩み寄りながら、ワンボックスカーに目を運ぶ。見た事のない形だった。大きさからすればNOAクラス。いや、それよりも小さい。ナンバープレートが黄色いので軽自動車のようだがそれにしても。奇妙な運転席上部の出っ張りが遠くからでも目に付く。大人二人の一日旅なのだから経費を抑える為にも軽と言うチョイスはナイスだが、何かが引っかかった。何かが妙だ。
 「じゃ、楢岡さん。楽しんで来て下さい!」
 「サンキュなモチ。凄く助かった!」
 愛想の良い男が言いながら小走りに遠ざかり、やや走った後で長沢に気づいたのか、深々と頭を下げて去っていく。つられて深々とお辞儀をした長沢が顔を上げた時には、男は相方の運転して来たであろう社用車に乗り込む所だった。白のパッソ。ボディにはデカデカと「日ノ本レンタカー」と言うロゴが鎮座ましましている。窓に笑顔を覗かせながら彼らが去ると、元の静かなコンコースだけが残った。
 早々に運転席に乗り込む楢岡に促されるようにして扉に手を突き…そこでやっと違和感の訳が分った。
 「楢岡くん………」
 「ん―? 何やってんの、早く乗って乗って。今のさ、昔俺が"世話した"少年でね。当時は随分手古摺ったけど、今やすっかり更生して働き者の好青年だ。車借りるのに色々世話してくれてさ。良い奴だ。良い奴だあいつは」
 「良い奴は良いけど楢岡くん」
 「早く乗りなよKちゃん」
 「これ、キャンピングカーだ」
 そうだけどそれがどうかした?そう言わんばかりの瞳に諦めて助手席に乗る。
 同時に楢岡がギアをドライブに入れる。速やかな加速は軽の非力を感じさせなかった。
 「キャンピングカーですよ、キャンピングカー」
 「今流行の軽キャンカーって奴よ。テントむしっての。軽でも家族四人が寝泊り出来ます。昔はキャンパーって言ったんだけどね。勿論デカイ方の奴。ただ行くのもアレだし、良いの無い?って聞いたらモチがキャンピングカーレンタルもありますよって、探してくれたんだ。あ、モチってさっきの奴の名前。持田って言うんだけど」
 「お、男二人でキャンカーってどう言うチョイス。ベーべキューでもすんの?花火でもすんの?山か海に行って二人で星見ながら寝んの?」
 「あ、全部後ろに揃ってるよ。海でも山でもいけるし。いーね、ロマンチックだね」
 思わず後ろを振り返る。コンパクトなキッチンとテーブルの下に、折りたたみのバーべキューセットとダンボール箱が一つ恭しく乗っているのを確認して、長沢はシートにヘタリ込んだ。用意は万全のようだ。自らの楽しみを追及する事にかけては努力を惜しまぬ男なのだと改めて思う。
 「季節はずれもいい所……」
 「そーね。本来夏だよね。じゃ、夏にもう一回やるかKちゃん」
 見事な話題のスライドに感心すらしてしまう。楢岡とのやり取りでは、気後れした方が自らのテリトリーを追われるようだ。
 「そね。じゃ、次の時は時子ちゃんと、家の瞳美でもつれて来よう。お父さんとキャンプって言って、乗ってくれる年かな……」
 「彼氏と一緒ならいーよ、って言ってくれるよきっと」
 「………」
 「すみません、助手席で凹むのは止めて貰って良いスか」
 軽キャンカーは快適に新神戸の坂を走り降り、三宮から元町へ抜ける。
 新神戸駅周辺とは違って華やかな街中を抜け、国道を抜ける。新年二日の大通りは、奇妙に静かで気分が落ち着く。十分走ったか走らずかで楢岡がキャンカーを駐車場に入れる。促されて歩く内に、徐々に人混みが見え始めた。
 道の両脇につつじの垣根が並ぶ通りに入ると、急に街が正月になる。なるほど、と感心する。
 「湊川神社だ。ああ、それで遠目の駐車場に入れたんだ。いいチョイスだなあ。俺まだ初詣行ってない」
 「淡路島行くと、伊弉諾(イザナギ)神宮が有るけどね。時間が有ったらそれも良いなと思ってたんだけど今日は無理。今日の所は俺のヒーローの一人、楠木正成公の奉られた神社っつう事で」
 へぇ。思わず声に出して楢岡の視線を貰い、取り繕うように笑う。
 「すまん。ちょっと意外だったんだ。大楠公(だいなんこう)が好きか。後醍醐天皇を守った知将だ。今の皇室も護った…事になるのかな」
 「えー…、厳密に言うどうなんだろ。当時は南北朝の南朝だからなぁ。今の皇室は北朝の皇統だよね。元は敵に当たる訳だけど。ま、でも命を賭して主君を護るって構図にロマンを感じない男はいないだろ。武将の中では一番好きかな。で、強い凄いカッコイイ、となると直ぐ神様にしちゃう日本の精神も好きだね。
 俺、剣道だから。ちょいと神道かじるからさ、そこらの感じコミで好きなんだよ」
 警察官にとって武道は義務だ。多くは柔道か剣道を選び、有段者も多い。楢岡と警察官と言うイメージが重なったのは最近なので失念していたが、そう言われて納得する。
 ごく自然に参拝を済ませ、お決まりの御籤とお守りを手にする。鳥居をくぐってから社を振り返り、もう一度ゆっくり頭を下げる仕種に得心が行った。同じように頭を下げて正門を出る。自然に笑みがこぼれた。
 「時ちゃんとの結婚式は神式が良いねぇ」
 「正味思ってること言ってるから、時々この男ムカつくんだよねぇ」
 笑顔で言い放たれる言葉は本心だが険は無い。お互い笑顔の裏の本心が分らぬ年では無いし、悪戯に傷つけあった後に平気で復帰出来る年でもない。近いようで互いのテリトリーにギリギリ入り込まない距離を保っているのが心地良くて安全だ。本来、互いの道が交わらず、平行である事が幸せだと、互いに分りながら今はこうして二人、共に居る。
 さて。
 ポケットから懐中時計を出して楢岡が呟く。思えば、この男は以前から懐中時計の愛用者なのだ。腕時計は手首を縛られているようで嫌だと言うのがその理由だが、携帯全盛期の現在、わざわざ懐中時計を持つと言うのも珍しい。
 「二日なのが逆に幸いするかもしれないぜKちゃん。大物政治家の中には、三が日は挨拶に来る連中の為に本家やその周辺に休憩所を設ける奴がいる。政局が不安定な時には、俺らも借り出された事が有る。2001年なんかはそうだったね。だから岐萄も充分可能性有る。何しろ腐っても自明党裏のフィクサーだ。早い内に行った方がいいぜ。向かおう」
 なるほど。
 頷いただけで何も言わずに軽キャンカーに向う。早足に元来た道を辿りながら思い出した。
 まだ長沢がMOF担だった時代、そうした事を良く聞いた。正月早々の政治家の集まりには二種類有るのだと、官僚たちが揶揄していた。一つは某宏正会に属する議員の「元朝式」で、残る一つは政治家の後援会、及び地元支援者の交歓会。宗教や金がないと年も明けない奴らだぜ。そう言って笑っていた。貴方達は違うんですか?そう思ったが、長沢がそれを口にした事は無い。
 一つ目の宗教は論外だが、二つ目に出会えるのは長沢にとって僥倖だ。年頭の資金集め初めの場と言ってしまうと身も蓋もないが、その場に本人が降臨する可能性も高く、到って和やかな会だ。資金が絡むとは言えプライベートなので、公式の場では絶対聞かれない話も、まま零れ出る。心がはやった。
 「住所分る?」
 県道から国道に入って楢岡が問う。新神戸に着いて湊川神社、そこから芦屋市となると来た道を戻る事になるので、国道までは安全だが、そこから先は分からない。キャンピングカーで有る事以外は標準か、それ以下の装備の助手席で長沢が大きく頷く。楢岡が用意しておいた道路地図の頁は既に折ってある。
 「うん、調べた。芦屋市平田北町2-16…着いていないナビの替わりは俺がします。取り敢えず暫くこの道真っ直ぐ。近くなったら合図出します」
 「おいおい、用意周到だな。いつ調べたんだよKちゃん」
 「ああそれは。……もうずっと前。……あれ?俺ストーカーっぽいかな」
 「覚えている辺りはチョと危ないな」
 羽和泉に興味を持った時に、関係者の住所を凡てさらった。元祖、岐萄 友充の屋敷と事務所は勿論、嫡子で自明党議員の岐萄 友司の現在の住居と事務所、その妻の瑞江の実家、羽和泉の実家と現在の住居と事務所、妻、垣本 硝子の実家等々、兎に角凡てを浚った。住所を覚えているのはその内の幾つかに過ぎないが、幸か不幸か兵庫の住所は凡て憶えている。外回りをしていた時の名残ではあるが、明確な目的も持たずにぼんやり地図をなぞって覚えてしまった辺り、ストーカーの才能はかなり有る。長沢は苦笑した。
 長沢が本当に欲しい情報は岐萄の物ではない。羽和泉 基の生まれと来し方なのだ。芦屋ではなく、それよりも下町の神戸市垂水区。芦屋のお屋敷とは違う、恐らくは小さな庶民の家。だが、それを知る為にはまず岐萄のステップが必要だった。まずは岐萄だ。探れば、深く探れれば、結果は凡てあの男が握って居るのだ。
 兵庫は東京に比べれば遥かに田舎で、即ち地域社会の繋がりは濃厚だ。下町の垂水区となればそれはより強められる。隣の家の娘の癖も、親父の酒の量も、夕飯のおかずも知る間柄と言うのは良く聞く話だ。となれば。
 そうした濃厚な地域社会集団の中で、地元の権力者、岐萄友充の妾とはどう言う存在だったのか。またその子はどう言う存在だったのか。本来日陰の存在の筈の羽和泉 基が陽の下に生きる現在はどうやって出来たのか。街っ子の長沢には想像し辛かった。だが恐らくは。
 凡ての結果が在るのが岐萄の家で、凡ての理由が存在するのが羽和泉の実家なのだ。長沢は思う。
 見たい。知りたい。辿りたい。岐萄と羽和泉の源を。辿るのが無理でも、せめてその空気だけでも感じたいのだ。
 
 テントむしは平田町界隈に入った。
 東京に比べて元々道路の道幅が広いのだが、この界隈に入ると区画一つ一つに立つ建物がゆったりと庭を構える造りになり、尚更道路が広く感じられるる。白壁の塀や、通りから大きく駐車スペースをとった一軒家が続き、視界が広がった。
 「そこ、一本入って。そのまま真っ直ぐで……」
 着く筈だ、と言いかけたまま黙り込む。一軒家の続く町並みは、縦の視界が遮られない。異彩を放つ建物は、道に入ると同時に直ぐ視界に飛び込んで来た。
 真っ直ぐに伸びる道の右手に大きく広がる土地。森と言うには整えられ過ぎた緑の空間。敷地の外側をぐるりと囲む緑は、高さも幅もその枝並みもすべてその中に鎮座する屋敷の為にあった。常緑の針葉樹が掛かる塀は、瓦屋根を被った白壁で、白と瓦の銀色と葉の緑が落ち着いたトリコロールを描いていた。
 あれか。
 あれだ。
 言葉ではなく了解する。いまや目の前に大きく横たわるのは、純日本建築の屋敷だった。
 
 駐車場の心配は無用だった。門は大きく開かれており、外からも良く見える場所に広大な駐車場スペースが有った。停まっているのはベンツやBMW、ポルシェなどの高級車だけでは無く、マーチやビッツ、フォレスターやノアなどのファミリーカーも多く、訪れる人々の層の広さを現していた。取り敢えずはファミリーカーの多いスペースにテントむしを停める。ギアをパーキングに入れるとほぼ同時に、助手席で長沢が叫び声を上げた。
 「どうしよう楢岡くん、俺、スーツじゃない!」
 少なからず驚いて顔を覗き込む。どうやらふざけている訳では無いと知って、改めて楢岡は目を丸くした。
 「あ―……、面白い面白いKちゃん。でも突っ込み難しーな。Kちゃんさー、悪いけど俺、あんたの背広姿見た事無いよ。そもそも持ってんの?スーツとか正装の類」
 「失敬な。持ってるよ!」
 「礼服と喪服くらいじゃね? 普通旅行に持って来ないし、日頃だってあんた着ないでしょ。最後に背広着たのいつ?」
 軽キャンカー、テントむしから這い出して深呼吸をする。冷えた外気に胸の中を浸されて、ようやっと楢岡の言葉の正しさを理解する。そう言えば、そうだ。芦屋、政治家、新年の挨拶、のキイワードで正装が必須と言う結論に達したが、気軽な旅行に正装などの用意が有る訳も無い。SOMETHING CAFE店主の日常に、スーツが無縁なのも事実だ。スーツケースに掛かったままの背広に腕を通したのは、恐らく…。
 「……二年、…以上前。娘の成人式に着たのが最後」
 楢岡が小さく吹き出して、それを誤魔化すように頭を振った。
 「ほら。要らない要らない、正装なんて。瞳美ちゃんの結婚式までとっときなさい。俺らただの行きずりの支援者だ。堂々と挨拶して回ろーぜ」
 日々スーツで過ごしている楢岡をして、今日はスーツではない。冬の小旅行に適したフード付きのショートコートとカーゴパンツの出で立ちなのだから、長沢がスーツであろう筈もない。自らの動揺に今更ながら驚いて、前を歩く楢岡の背を追う。なるほど、としみじみ思う。
 スーツと言う名の制服を着なくなって、既に十数年がたったのか。社会の歯車と言う立場から逃げて、そんなにも長い時が経ったのか。礼服の人々を尻目に、玄関をくぐらずに人の話し声のする中庭に向う。
 苦笑が零れた。新都銀を去ったのが96年。毎日当然のように袖を通したスーツは、銀行から離れた途端にその意味をなくした。ただ生きているだけの男に、揃いの上下は要らなかった。素肌を隠し、体温を保てる布だったら何でも良かったのだ。
 広い縁側が開放されていた。
 中庭に向けてL字型になった屋敷の応接間は、中庭から良く見渡せた。廊下外側の硝子の引き戸が開けられ、応接間を隠すのは薄い障子の引き戸だけで、その障子扉も真ん中に大きな硝子が嵌め込んで有る為に、中の様子が良く見えた。
 恐らくは暖房で暖められた室内に、その男はいた。
 かつて、その一手に日本の命運を握り、失脚後も今だフィクサーと呼ばれるその男は、長着に羽織を着て背筋を伸ばし、座椅子の上で訪れる客と歓談していた。
 岐萄友充。
 連日、TVを賑わわせていた2001年から比べると、痩せて小さくなっている感は否めなかったが、遠目にも分る鋭い眼光と、人を見下ろすような横柄な姿勢は微塵も変らない。総理メーカーと言われ、常に総理大臣となった男を後ろから支え、動かしてきた男。黒い噂の数も種類も、戦後日本の政治家で恐らくはトップを誇る親中派の老獪。半ば呆然と、中庭から見つめていると、不意にその顔がこちらを向いた。
 不思議だった。屋敷に入るまで上ずっていた気持ちは、いまやすっかり消えていた。
 しみだらけの老人の顔の、垂れた眉の下から向けられた慧眼を、真っ直ぐに見つめ返す。白目が淀んで黄色いのは、恐らくは加齢の所為だけでは有るまい。ゆっくり見極めてから腰を折ると、部屋の中で老人が鷹揚に頷いた。
 「こちらの方かな」
 いつの間にか、縁側の間近まで来て中を覗き込んでいた。横手から声をかけられて、悪戯を見咎められた子供の気分で、慌てて首を引っ込める。いいえと答えながらそちらに目を向け、改めてその感を強くした。
 開放された縁側に置かれた籐椅子の上で、同じく長着と羽織を合わせた男が寛いでいた。驚きに、人知れず生唾を飲む。これは、願ったり適ったりだ。
 「――いいえ。失礼しました。周りが見えていなくて、お邪魔して」
 かまわんよ。鷹揚に放り投げられる言葉には威厳があった。不思議なものだ。育ちかも知れない。
 「どちらからいらしたね」
 「東京です。猿楽町。東京一区。残念ながら貴方の一票にはなれない場所ですね。…岐萄 友司先生」
 岐萄 友司、58歳。羽和泉 基の腹違いの兄。岐萄 友充の嫡子、長男。自明党の実力者だ。
 秀でた額、幅が薄くて高い鼻梁。切れ長につりあがった目許と薄い唇が酷薄さを感じさせる、岐萄友充の若い頃にそっくりな容貌だ。上品に合わせられた銀縁眼鏡が、縁側の陽光を受けて瞳を白く隠す。椅子の上の男はふっと笑いを零した。
 「残念ですな。では貴方には兵庫在住のお知り合いをご紹介頂こう」
 慣れた仕種で手が伸ばされる。日頃から、道行く人間と握手しなれている人間の動作だ。長沢はその手を両手で握って頭を下げた。
 「長沢 啓輔と言います。初めまして」
 両手で逃げられぬように男の動きを抑え込んで、視界の中央に挑みこむ。その呼吸を真正面に感じ、その目の中の反応を真っ直ぐ読み取れるように。
 「長沢……さん、ね。わざわざ……どうも」
 その笑顔の裏を探れるように。
 

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