□ SOMETHING CAFE □
■ SOMETHING CAFE ■

 
 
□ 関係 □

 インティ・ライミ。
 インカ帝国の一年はそんな儀式で始まったはずだ。1月1日ではなく、6月21日。だがその帝国はとうの昔に時の流れから零れ落ちてしまった。
 現代の正月は1月1日。文明国は表上、凡てが太陽暦で動いており、年の暮れも明けも、大体同じ時系列で起こると言うのだから驚きだ。今やどの国にも、大体同じタイミングで正月と言うイベントが存在する。当然ながら、日本にも、ペルーにも。
 ペルーにも日本と同じように正月は存在し、大掃除も祝いのイベントも有る。それは至極当たり前の事だ。ただしペルーは南半球に位置するので、大掃除の雑巾絞りで手がかじかむ、などと言う事は無い。正月は半袖で過ごすべき暑い季節だ。
 
 年の暮れ、長沢の思わぬ訪問で蟠りの解けた冬馬は、すっかりその気になっていた。
 暮れも明けも長沢と過ごす。暮れには大掃除と年越し蕎麦と言うイベントがあり、明けには初日の出を共に見て初詣をし、酒を酌み交わして「おせち料理」を共につつく。それが日本の正月だと言う事くらい、冬馬とて知っている。細かく分類すれば、欧米の真似事のカウントダウン、日本古来の除夜の鐘、二年参りにご来光、餅つきに書き初めと、生活から学問に渡る幾つものイベントが存在するのだが、大まかに纏めれば庶民の正月は前述の通りだ。
 幼少期、母親に連れられて行った人混みの神社とおみくじと、派手な色の袋に入ったお年玉は、何となく憶えている。餅は好きで良く食べたが、それと正月は結びつかない。日本に帰って来てからも、学業や各種イベント、"話"以外では特に知り合いも作らず、世の中が盛り上げる季節イベントにも無縁で過ごして来た。有り体に言えば。
 水上 冬馬の記憶にある限り、日本人らしい正月の体験など、無いのだ。
 だから、こっそりと願っていたし、個人的にはすっかり決めていた。
 初めての、日本人としての幸せな正月を長沢と共に迎えよう。長沢の言う事を凡てきちんと聞いて、彼の望むイベントを行ない、行儀よくこれからの事を話し合おう。戦略的パートナーとして、精神的相棒として互いの役割を理解し合おう。長沢の望まぬ関係は、少しくらい我慢しても良い。互いにとって互いが一番の理解者となり、支えになるならそれで良い。……いつまでも我慢の緒は保たないが、正月の間くらいなら。
 殆どSOMETHING CAFEに閉じ篭って動かぬ長沢だから、特別に予約しなくても、押しかけてしまえば許してくれるだろう。乗り込んでしまえば拒絶はされぬだろう。そう、心に決めていたのに。その目論見は全ておじゃんになった。
 大掃除のお礼だと、ともに蕎麦を啜っている時に、長沢はさらりと言ったものだ。
 俺、二日は朝からいないからね。ちょっと旅行行って来る。
 冬馬は分ったとだけ答えて、元旦にSOMETHING CAFEを訪ねた。二日は居なくとも、一日に居るのなら一向構わない。一日に凡ての正月のイベントをしてしまえば良いだけの事だ。決意を胸にこの場所を訪れ、いつも居る筈の場所に長沢を見つけられず、青年は相当に落胆した。
 とは言え絶望しては居なかった。律儀な長沢の事だから、二日に旅行に行くと言うなら、必ず一日中には戻って来て準備にかかる筈だ。ならば、焦らずのんびり待てば良いのだ。
 青年は人気のない長沢の私室兼居間に座して待った。TVを点け、長沢の匂いの中で呼吸しながら時を過ごした。人目を気にせずに済む室内で待てるのだから、何時間でも苦痛は無い。寛いで数時間経った頃、思いは唐突に砕かれたのだ。
 携帯に羽和泉からの集合命令が届いたのだ。
 結果。冬馬は年が明けてから長沢の顔を見ていない。
 
 羽和泉の指令で向った先は、私立大のキャンパス内だった。一日だと言うのに講堂が開け放たれていて、老若男女、年齢も性別も身なりもバラバラの者達がそこに詰め掛けている。
 掲げられた看板は新春シンポジウム。大量のダンボールが運び込まれている様を見ると、チャリティやバザーの類に見えるが、そう言う事では無さそうだ。講堂内には所狭しと椅子が並べてあり、演壇の上にも同じく幾つもの椅子が並び、背後の壁には高々とエンブレムと旗が掲げられていた。
 エンブレム。家紋の中では雪輪に合わせ木瓜と言うのが、かなり近いだろう。
 旗が一種類しかないのも極めて日本的だ。普通ならば、旗は必ず二〜三種以上は並べられるものだ。国旗と、その地区の旗と、該当団体の旗。MRTAにしても、その旗が赤白旗な理由は二つあった。血と革命と、ペルー国旗のベースの色と言う、二つの意味が。だが今ここに有る旗は一種類だ。緑黒黄のトリコロール。日本国旗である日の丸の、いずれの色も含まぬ旗だ。奇妙極まりなかった。
 講堂内を外から眺めて溜息をつく。なるほどここは。
 急造の邪教の教会であるらしい。
 「何だそのナリは」
 背後から低い声に語りかけられて振り返る。
 「……お前こそ」
 互いに、互いの出で立ちを頭の先から足の先まで一通り観察して零す。
 羽和泉に呼び出されたのは二人だ。一人は水上冬馬。彼の忠実な家臣であり、実の息子。そしてもう一人は。
 年齢も素性も詳しくは知らぬ。二、三歳以上は年上だと言うのも、冬馬の勝手な推測だ。違和感を感じぬから敵対心を抱かぬが、特別興味も感じない同志。名は唯夏。知って居るのはその名だけだ。苗字は知らない。
 唯夏は冬馬の全身を冷ややかな目で一通り見回し、ゆっくり視線を戻して頷いた。まぁ良いだろう。それはそう言う動作に見えた。冬馬も同じく総チェックして頷く。問題なし。そう言う意味だった。
 二人ともに、端正な顔立ちと均整の取れた体躯をして居る所為で、何でもそれなりに似合ってしまうが、現在の格好が趣味かと聞かれればそれは違う。双方とも生きる為に戦って来た戦士と言う共通点が有る所為か、価値観は非常に似通っていた。シンプルイズベスト。生きる為には無駄はいらない。服にしても靴にしても、動き易さが最優先なのだ。
 勿論、文化圏に暮らして居る限り、装飾は切って離せぬが、第一義は生き残る事。いきなり不審者に襲われても、相手を返り討ちに出来る事が、装いの基本なのだ。闘い易い服。即ち動き易い服。武器を隠しやすい服。これが彼らの判断基準だ。ただし。
 司令官の命令とあれば、それが部下の第一義だ。今日の二人の装いは、その第一義に形作られている。
 互いに頷いて意思を確認すると、共に一歩踏み出す。二人そろって講堂に入ると、周囲の目が自然に二人に集まった。
 羽和泉の指令はシンプルだった。
 唯夏と共に以下の地へ向え。約束事は三つ。
 一、必ず二人一緒に会場に入る事。
 一、人目を惹く格好をして行く事。
 一、集いには必ず最後まで参加する事。
 以上、三つだ。
 人目を惹く格好と聞いて、少々突飛な格好をすれば良いと思ったのが冬馬で、露出度を上げれば良いと思ったのが唯夏だ。結果として二人の装いのテイストが非常に似通ったのはただの偶然だった。
 髪の色が元々グレイだから、ラメ入りのジェルを使っても、それ程目障りにはならない。ウエスト周りにやたらとシルバーリングのベルトが付いた純白のライダーズジャケットも、その髪には良く合っていた。ジャケットの裏地の色に合わせたのか、ワインレッドのボンデージパンツに鋲付きの黒いエナメルブーツを合わせて出来上がる冬馬の出で立ちは、大学の講堂よりはそこいらの繁華街の方が余程似合う。どれ一つをとっても、およそ大学とか、勉学と言う物とは無縁に思えた。
 片や、唯夏の方の出で立ちは、露出度こそ高いものの、比較的ノーブルにまとまっている。透け感のある黒のシルクのハイネックに大きな自然石のチョーカーを回し、胸のふくらみを際立たせる、襟ぐりの深いラウンドネックセーターでそれを包む。セーターは白い縁取りの有るダークグレイで、その外側を包むコンビネゾンのベージュが凹凸を強調していた。シャリ感のあるミニのフリルスカートの下には、黒のパニエと白レースの七部丈レギンス。上から下にむけて黒から白へのグラディーションとなる出で立ちを、黒の靴と白いコートで逆さに締めくくる。短いコートの裾からすらりと真っ直ぐに伸びる脚は華奢で、殆ど筋肉の凹凸を感じさせない。
 全く、恐れ入る。冬馬は思う。
 唯夏は自分の体重以上の荷物を背に背負って、一昼夜数十キロの行軍が出来る兵士だ。体中に無駄な贅肉はなく、殆どが筋肉で、触ればしっかりと硬い。だが、スワロフスキーの髪留めで髪をアップにし、露出度の高い服をフォローするかのような抑え目のメイクは、彼女に可憐さを纏わせる。闘う女ではなく、男の背後に隠れるか弱い女性のイメージを演出するのだ。全く、恐れ入る。
 女と言うのは、実に化けるのが上手い。男ではこうは行かぬ。屈強の敵と対峙しても、眉一つ動かさぬ豪の女の癖に、たおやかに見えるから性質が悪い。これでは騙されて当然だ。騙される男が悪いと言われても、騙す女が悪いと抗弁したくなるのは、男の立場では当然の事だろう。興味を持たぬ冬馬の目から見ても、唯夏は充分に美しい。自分の脇に佇む、長身の女を盗み見ながらそっと溜息をついた。
 二つの白いジャケットの人影が、並んで講堂の扉をくぐる。周囲のときめくような視線の中、二人は講堂の中を通り抜け、一つ一つにパンフレットらしきものが配布されて居る、講堂前部の席に腰を下ろした。
 「ヒール、高いな。お前今相当デカイぞ。……夕麻(ゆま)」
 「…ふ。お前が相手だからこれにした。高いヒールを履いても、まだお前の方が背が高いからな。並の日本人相手では出来ないチョイスだ。これはこれでなかなか楽しいぞ……朝人(あさと)」
 何気ない会話の中で、互いの今の名前を確認する。作戦時のコードネームは"あさぎり""ゆうなぎ"で、本来変らないのだが、その名が不自然と思える時は柔軟に変る。現在の二人の名は"朝人"と"夕麻"だ。苗字もきちんと決まって居る。現在の二人の設定が…
 じゃん。壇上のスピーカーが叫んだ。
 その後に小さいとは言えない音が壇上から流れ出る。それにあわせて、静かな言い方だが押し付けがましいアナウンスが、これまた大音量で言った。
 席にお着き下さい。シンポジウムを始めます。新しい時の始まりに、美しい規律を示しましょう。
 会場の大きさは中程度。キャパは300人程度だろう。詰め込めばもっと入るだろうが、それにしても500人は難しい。この会場でそれ程の大音量が必要とは思えぬ。主催者側に訳を問えば、耳の遠いお年よりもいらっしゃいますのでと答えるのだろうが、本当はそんな殊勝な理由では有り得ない。必要以上の大音量の訳、それはたった一つ。
 参加者の思考を麻痺させる為だ。
 平凡な女性が壇上に立つ。
 皆様、明けましておめでとう御座います!! よき年の年明けを、皆で祝いましょう!! 耳障りな声でそう吼えると、全員の起立を促して歌を歌おうと呼びかける。当然、冬馬も唯夏も何の予備知識も与えられていないから、立つだけは立つ物の何も出来ずに口を閉ざす。間髪をおかずに大音量の音楽が流れ出た。
 日本人にとっては恐らくは、耳馴染んだ曲調なのかも知れぬ。独特のビートは、よく"街宣車"なるものが街で強引に垂れ流しているのと同一の物だ。冬馬の耳には出来損ないのマーチのようにしか聞こえない。
 「軍歌調、だな」
 ピンク色のグロスで濡れた唇が呟く。冬馬はそちらに視線を運んだ。
 「これがか。パチンコ店から零れる音楽に似て居るが」
 「だから軍歌調だ」
 凡ての椅子の上に置かれていたパンフレットには、総会歌04とナンバリングされた楽譜が載っていた。四方から誇らしげに流し込まれる歌の中で、黙ってパンフレットの文字を追う。
 敵を乗り越え幾万軍などと言う文言は、なるほどいかにも軍歌である。本当だ、と呟くと、唯夏がくすりと笑った。
 「…機嫌が良いな」
 低く呟くと、それに反応して口許に笑いが重なる。全く持って、上機嫌だ。こんな唯夏は珍しい。
 同志で実働隊であるから、恋愛対象には入らない。そもそも冬馬の趣味ではないのだが、同志の贔屓目無しに見ても唯夏は美しい女だ。冬馬には整い過ぎて面白くないとしか思えぬ顔も、他の男には魅力的に見えるだろう。耳に流し込まれる合唱の隙間で、幾つもの熱い視線が唯夏を覗き見ていた。
 「ああ。世間が年明けだと騒ぐが、何をした物かと困っていたのでな。暇つぶしが出来て丁度良かった。お前は機嫌が悪いな」
 当然だ。今頃きっと長沢はSOMETHING CAFEに帰り着いている。冬馬が持っていった差し入れの袋と、読みかけて開き放しにして来た雑誌を見て、恐らくは携帯に何らかの連絡を入れている筈なのに、会う事も出来なければ、連絡を取り合う事も出来ぬ。非常に迷惑で、腹立たしい話だ。
 憮然と黙り込む冬馬をちらりと見て、ピンク色の唇がにやりと歪んだ。ほんの僅か、勝ち誇ったような表情だった。
 「なるほど。"よいづき"か。お前の恋は順調か。お楽しみの所横槍が入ったか。気の毒に。――だが、公私混同は無しだ」
 曲が終わって、全員が席に着く。
 いつの間にか、壇上の人間の数は膨れ上がっていた。向って右方向には前後列に椅子が四つづつ並び、そこには年齢層もバラバラの男女が座っている。中央の演壇に先程の女性が司会者として立ち、舞台の向って左側には大きな椅子が一つ、異様な存在感を持って置かれている。なるほど、あれが象徴で、そこに現在"その人"が座って居るという設定なのだ。
 その人、とは。即ち教祖の事だ。
 冬馬は苦笑した。滑稽だ。教祖のいない邪教の宴など、井戸端会議と何も変らぬ。
 当然ながら、ゲリラ達にも宗教は有る。人間と言う生物は、苦境に陥ると弱い者は直ぐ宗教に寄りかかるもので、貧民街ほどむしろ布教率は高い。ペルーでも、プエブロホベンにもきちんと教会が有り、多くの人々がそこで祈りを捧げていたものだ。だが。
 冬馬は一度も神に祈った事はない。アヤクチョの教会にいた時も、チンボテに移ってからも。MRTAにいた時も、今も。一度も祈りなど捧げた事など無いし、神などと言う存在は信じない。神など居ない。そんな存在がもし本当にあるのなら、そいつはとんだ変態のサディストだ。信じるに価しない。
 まだ読み書きもろくに出来ぬ俺から、母親を奪う奴などただのサディストだ。ジャングルの中に放り出して忘れ去るなど、とんだ冷血漢だ。そんな鬼畜は信じない。存在も無為だ。考える意味もない。
 式次第に従い、"シンポジウム"が始まる。前列の、年の頃30才弱の男性が、演壇に登る。見かけに似合わぬ大きな声で新年の祝辞を述べた後は、教祖がいかに素晴らしいか、教義がいかに自分を育てたかを語って終わる。
 なるほど。一人の演説が参加者の半分ほどの絶賛と、残り半分の戸惑いの中で終えられた時、横で唯夏が視線を送った。
 カルトだ。
 同じ事を思っていた。冬馬が返す。これはカルトの布教集会だ。
 
 一通りの演説を聞き終わる頃には、基礎知識もやっと整った。
 集団の名は「殉徒総会」。宗教法人法による代表役員は藤木 成明、会長は塚田 栄一、名誉会長こと、いわゆる"教祖"は里中 汰作。支持政党は、現在"自明党"と連立政権となって居る片割れ、"公正党"だ。
 なるほど。ほぼ同じタイミングで二つの頭が頷いた。なるほど。
 実働隊には本来、一切の予測は許されぬ。想像も妄想も本来ならば許されぬが、それは無理と言うものだ。状況が飲み込めれば近い未来は予測出来る。"話"の主題も推測が付く。即ちその「標的」。想像に容易かった。
 元来は保守政党である筈の"自明党"が、"公正党"と連立政権となるのには無理がある。公正党は、革新と言えば聞こえは良いが、独りよがりな平和主義に浸り切った宗教法人の教義そのままの政党だ。世界の中心にいるのは教祖で、凡ての人間界の事象は、教祖の意のままと思う殉徒総会員によってなる政党と組むのはどう考えても正常とは言い難い。どころか。本来絶対有ってはならぬ事象だ。気狂い沙汰なのだ。となれば。
 秋津の次の行動は、つまりはそれである。公正党の破壊、或いは殉徒総会の消滅。となれば"話"の標的は。想像は容易だ。
 
 シンポジウムは一時間強で終わった。
 教義の触りとその解説を大音量で流し込んだ後、入会の薦めとカウンセリング。その際に、断った人間の末路の逸話が語られる。入会した後の幸福と、入会しなかった場合のおどろおどろしい結末を、脳に流し込まれるのだ。その場に集まった人々の中の意志薄弱な何人かが、話に恐れをなして入会を申し出、シンポジウムは終わるのだ。
 三々五々人が散って行く中で、冬馬と唯夏もゆっくりと席を立つ。
 「ああ、君達」
 男の声が背後から降りかかる。ゆっくり振り返る二人の前で、30代前のサラリーマン風の男が微笑みながら軽く会釈をした。
 「なんでしょう?」
 アルトボイスに動いた男の目が、そのまま唯夏の胸元に縫い付けられた。
 「ああ、えっと、初めて見る顔だけど、こう言うシンポジウム、初めて?」
 「ええ」
 「誰かの紹介で?」
 「ええ」 
 「良ければ教えてくれないかな、どなたの?」
 冬馬が二人の間にさりげなく割り居る。見知らぬ男に付きまとわれた場合の極々普通の反応だろう。
 「叔父ですけど、それが何か?あんたは何?」
 男は慌てて冬馬に目線を移し、小さく頭を下げた。
 「ああ、失礼。僕は総会青年部の城野と言います。初めて来た人達に感想を聞いたり、質問があったらそれを受け付けたりしてるんです。何か有りましたかね?」
 二人で顔を見合わせる。互いに来たな、と確認しあう。
 「…別に」
 「ええ、私も」
 「よければ、この後懇親会が有るので、暇なようなら行きませんか。普通に飲み会なんですけどね」
 また互いに顔を見合わせる。
 羽和泉からの指令の最後にはこうあったのだ。
 一、集いには必ず最後まで参加する事」
 となれば選択の余地等はない。
 「ええ、まぁ……軽くなら」
 唯夏の低い声に男の顔が輝いた。任務を全う出来た満足感も合ったろうが、明らかに唯夏に興味を持っている。冬馬は少なからず同情した。この女はとてもお前の適う相手ではないぞ。
 「良かった!じゃ、是非。ああ、お二人の名前だけ、聞いて置いてもいいかな」
 ええ。唯夏が笑う。
 「岐萄 夕麻よ」
 「岐萄 朝人」
 想像は容易なのだ。目の前の男は、二人の素性と関係に現在驚き、やがて喜びを堪えるだろう。
 とんでもない大物を、そこに連なる存在を掴んだ。喜び勇んで上位信者に伝えにいく事だろう。「あの」岐萄を掴んだと。
 想像は、容易だ。想像でも予測でも妄想でも、答えは凡て同じなのだ。
 秋津の次の話は、この邪教の総本山に入り込む事。そして次の標的は。
 邪教のシンボルの消滅。あの椅子に座って居る…と言う設定の男の抹殺。教祖の抹殺だ。
 想像は容易だ。それ以外にはありえない。
 

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