□ SOMETHING CAFE □
■ SOMETHING CAFE ■

 
 

 ぴり。空気が音を立てた気がした。
 冬馬の緊張は、直ぐ側に居る唯夏にも瞬時に伝わる。同じように引き締まる顎の線が、それでも自制して振り向かない。
 存在を知らせる事も無く直ぐ傍らに佇み、今はうるさい程に本能に警鐘を響かせる対象。その人影に視線を突きつける。灰色の双眸をひたと向けられた人物は、ゆっくりと微笑を浮かべた。
 そこに居たのは平凡な男だった。年の頃は三十代半ば。グレイのスーツに身を包んだ姿は整ってはいるが平凡で、突出した特徴の無い、極々"普通"の男の物だった。だというのに。脳の中に響き渡る警鐘は消えない。その音量は上るばかりだ。
 背は180cm前後。冬馬よりはやや低いが、世間では充分長身と言われるサイズだ。グレイスーツが覆う肩はしっかりとしていて、冬馬よりはかなり太い。とは言え、たるんでいるのではない。実用的な肉で構成された体格は、厚みが有って無駄が無く、しなやかだ。標準よりやや縦長の顔は彫りが深く、日本人ともそれ以外とも取れる。
 これらは立派な特徴である筈だが、全体を見るといずれの印象も相殺し合って、結局最後に何も残らない。目も鼻も口も、これと言って特徴の無い"普通"の顔なのだ。温和で、普通。無造作にかけられた丸い黒眼鏡が、その中で異様な存在感を放っていて、顔の特徴を問われれば、恐らく十人中十人が、黒眼鏡を挙げるに違いない。
 だが、ただ特徴はと問われれば、恐らく冬馬は容貌は挙げない。彼の特徴は容姿ではない。彼の最も大きな特徴は他にある。ただ一つ、はっきりと分かるのは。
 この男がこの場の支配者だと言う事だ。
 この室内の誰よりも上位にいる、もしかしたら、殉徒総会の誰よりも。そうまで言わずとも、ごく一部の幹部を除いたトップに君臨する事は間違いがない。この男は紛れも無い、"支配者"なのだ。
 無意識に身体が身構える。いつでも打って出られるように。闘えるように。………逃げられるように。
 "彼"にぶつかった男は、"彼"に気付くと大きく身を避け、次いで、すみませんと叫びながら深々と頭を垂れた。その声に初めて全員が振り返った。
 唯夏も共に振り返る。その視線の先で、その場の凡ての人間に波が広がる。
 水面を打つ、一滴の雫のようだ。その男を中心に、凡ての人がざわめき、波紋が広がるようにお辞儀の輪が広がる。そして隅々に広がった波紋が戻るように頭を上げる。丁度、水面を打った雫が、クラウンを作って消す様に似ている。神妙で、荘厳ですらあった。
 得体の知れぬ威圧感に、唯夏は人知れず息を呑んだ。傍らの同志の背をそっと伺う。ほんの一瞬前まで酷く緊張していた背中は、今は徐々に緊張感に順応しつつあった。
 波紋の中心に立つ男は、凡てのお辞儀をやんわりと無視して冬馬の背後に立とうとした男をどけ、自らが進み出た。しなやかな動作で青年の間近に佇み、座ったままの青年の顔を見下ろした。
 凡庸な顔に広がる笑みは、その顔に似合わぬ冷たい笑みだった。
 「無粋な真似をしたね。ここには誰も立たせないから、安心すると良い」
 「今、あんたが立ってる」
 冬馬の言葉に、全員が息を呑む。その心は直ぐに分かった。何と言う口を。このお方に向かって。そんな所だ。ふん、と鼻で笑って目を向けると、彼も同意するように頷いた。
 「私は直ぐに去る。ここには誰も立たないから、安心すると良い」
 長い指だ。青年は思う。
 奇妙な程長い指の掌が青年の視界を横切り、そのまま頤に触れた。半ば持ち上げるように、咽喉許から頤を辿り、頬から鼻、鼻から耳へと移動する。瞬きもせずに見つめる灰色の虹彩を黒眼鏡の奥の瞳で捉えたまま、灰色の髪の中に長い指を忍び込ませる。頭の曲線を確かめ、鍛えられた首に戻り、滑らかな仕種で遠のいた。
 「会うのは初めてだ。君は実に……良く出来ている。その目も鼻も口も、鍛えられた身体もね。―― 完璧だよ。後はこの中だ」
 長い中指が額の中央を突く。動かぬ青年の左胸を突く。
 言い草が気になった。会うのは初めてだ。その言い方は、会う以外の事はフルコース済ませていると言う意味だ。記憶を辿るが、この男の顔は見た事が無い。会った事が無いだけかと耳を済ますが、声に聞き覚えも無い。
 本能は警鐘を鳴りやめない。何者だ。こいつは一体何者なのだ。
 「俺は岐萄 朝人。俺はあんたを知らない。あんたは俺を知っているのか?」
 男はにっこりと笑顔を浮かべ、再び頬に指を這わせる。気味が悪い。
 「俺を知っているのか」
 「ああ、良く、知っているよ。とても、良く」
 「俺はあんたを知らない。……それなのにか?」
 「そうだね。君は私を知らないな。…これからは、違うよ……」
 知っている?どちらを、だ。"朝人"をか。それとも。"冬馬"の方なのか。
 「あんたは誰だ?」
 黒眼鏡の所為で、相手の目がどこを見ているのかが分からない。心の窓である筈の瞳が全く掴めない。意図が全く知れなかった。
 ぼんやりと向けられている顔が不意に憎く思えた。張り付いたように変らぬ冷たい笑みに愚弄されている。頬に這わされる指を、微かな動きで跳ね除けた。
 「気易く触るな。―― お前、誰だ」
 周囲が微かにざわめいた。
 表情を変えぬまま、黒眼鏡が近付く。冬馬の目線数センチの所に口を寄せる。微動だにしない青年の頬に笑い声が零れかかる。灰色の虹彩だけが男の動きを追っていた。
 「もう少し、瞬きを小まめにすると良い。ああ、最も、その瞳が隠れてしまうのは勿体無いなぁ。…落ち着く事だ。君にだけ教えよう。私の名は―」
 言葉と一緒に、耳許に小さなキスを一つ与えて、男は側を離れた。速やかな一瞥を残して、しなやかに身を翻す。
 微かな足音は、数歩も遠ざかると掻き消え、しなやかな動きで空気も動かさずに扉をくぐる。全員が去り行く後ろ姿に深々と腰を折る、その衣擦れの音に、男の気配すら掻き消される。冬馬は低く舌を打った。
 後ろに向き直ったままの冬馬の右袖を掴む指に目線を動かす。無言のまま見つめる唯夏の瞳が、どう言う事だと尋ねていた。青年は首を振る。
 分かるものか。全く分からない。警鐘は去らない。何者なのだと言う疑問は、一向に彼の意識から消えなかった。
 男が口にした名は忘れぬ。だが取り立てて青年にとっては意味が無かった。名は榊 継久。だからどうだと言うのだ。奴は何者だ。
 
 それからほぼ二時間。唯夏を囲んだ婦人部、青年部、壮年部混合の説得は続いた。
 隣に座っているにも関わらず、ほぼ聞く気のない冬馬は構わず、ひたすら唯夏を囲み、これがターゲットだとばかり全員でまくし立てている。教義がどうだ、ご利益がどうだ。自分の例から、遠い、存在するのかどうかも分からぬ友人や親戚の例を拾い、いかに宗教が人間の生活に必要かを説く。明らかに嘘の物から、よく作ったと感心する話まで、あらゆる手を使って彼女の心に忍び寄ろうとしている。
 呆れる。青年は溜息をついた。冬馬と唯夏は、外見こそ違う。男と女であるし、請け負う役割も違う。だが、二人の中身は大して変らない。困ったような顔で頷きながら聞いている唯夏も、椅子の上にふんぞり返り、すっかり不貞腐れている冬馬も、感受性は似通っているのだ。考えている内容は似たりよったりだ。入信させる為の手練手管は大した物だ、だが遅い。早く決着をつけるならつけるが良い。そんな所だ。
 腕時計を見る。耐水耐ショックの電波時計。一日一回、自動で時間を調整するそれは、17時近くを指していた。思わず低く口笛を吹く。ではもうここに入って2時間28分、こんな道楽に付き合ったと言うのか。
 ――充分だろう。唯夏に目線を送る。唯夏もこちらを見ていた。
 「城野サン」
 それ程大きいとも思えぬ青年の声に、全員が反応する。すかさず婦人部の一人が、冬馬の許に跳び寄った。
 「あら、ご免なさいね。お姉さんを皆で取っちゃって」
 「あんた、姉貴が気に入って声掛けたんじゃないのかよ。いつまでこのダルい中置いとくんだ」
 「朝人っ」
 婦人部を完全に無視している青年を、吹き出しそうな顔の唯夏が諌める。多方面に気を配っているように見せかけているが、本心は同意しているのは青年の目には明らかだった。青年集団の端に座り、青年部の一人と話していた城野が驚いて立ち上がり、周囲を掻き分けて唯夏に駆け寄った。今度は唯夏が城野を責める番だ。
 「城野さん…私、そろそろ……」
 「すみません、少し話し込んでいて。夕麻さん、お疲れですよね」
 婦人部の女がしゃしゃり出る。
 「それじゃ、ここにお名前と住所を書いて頂いて。そうすれば直ぐ終わりよ。一緒に精進いたしましょう」
 姉弟の目が城野を見つめる。恋するカルト青年の中で、慕情と折伏のどちらが優先されるのか、興味深い瞬間だった。
 「……ああ、そうですね。どうだろう、夕麻さん…?」
 あっさりとした物だった。慕情は所詮感情だ。感情も情動も、所詮は個人の価値観の上に成り立つ。カルトに屈服した価値観の上に成り立つのだから、もとより勝ち目など無いのだ。型から取ったような同じ笑顔に振り向かれて、姉弟は感心すらした。
 名も知らぬ女性と城野。二人の浮かべる同じ笑み。血の繋がりは当然無く、二人の間に有る共通項は、ただ一つ。カルト宗教、殉徒総会だけ。その共通点が、この場の凡てなのだ。
 テーブルの上に乗せられたまま突き出される書類を、冬馬が掌で吸い上げる。そのまま掌を握り締める寸前、唯夏が小さく叫んだ。
 全員がそのままの状態で息を呑む。書類を手にかけたままの冬馬と、その掌を見つめたままの唯夏、そして二人を見つめたまま凍り付く殉徒総会の面々。一番最初に動いたのは唯夏だった。深々と溜息をつき、観念したようにバッグを取る。
 「分かりました」
 中を探る。すかさず、城野が自分のポケットから万年筆を抜いて差し出した
 「夕麻さん、これ」
 夕麻は無言で紙にペン先を滑らせた。紙には大きく、「入会届」と書いてあった。
 
 開放されたのは、それから更に二時間後の事だ。
 姉が名を書き、弟も拒否はしなかった事から、姉が纏めて名を書き、二人共に入信の手続き終了と相成った。その場の全員が二人を囲み、男女に分かれてそれぞれに祭壇に向う。
 何を言っているのか良く聞き取れぬが、事前に聞いていた所に寄れば日蓮正宗の流れを酌むカルトであるから、題目自体は日蓮と同じなのだという。それがどれ程有り難い題目であれ、どれ程強力な呪文であれ、耳許で唱えらるなら、生むものは不快感だけなのだと思い知る。呆れて聞いていると、復唱せよと言われて、小さな経典を渡される。
 最早、抵抗の意思は皆無だった。
 全てを終え、ようやっと開放されたのが19時半。出費は二人で二万。数珠と経典と、入会の免状の値段だと言う。
 外見だけは普通のオフィスビルの外にほうり出されて、二人で溜息をつく。思いは遂げたが、何しろ長い。夜闇の中で伸びをしていると、慌てて城野が追って来た。
 冬馬の瞬時の目配せを、唯夏はしっかりと認めた上で目を反らした。好きにしろ。そう言う意味に取れた。
 「夕麻さん、今日は……」
 駆け寄る男の視線が見ているのは、唯夏の背中だけだった。藍色の夜と、ネオンの光の中に浮かぶ、女の背中。愚かな事に、城野はそれ以外の全ての要素を失念していたのだろう。だから。
 冬馬はその視界に大股で一歩踏み込んだ。大した反動もつけずに、利き手の右で顎を払う。小気味よい音がして、男の体がかくんとその場に沈み込んだ。
 意識はしっかりしているはずだ。だが立てまい。思い切り脳を揺さぶってやったのだ。めまいと、手足の震顫、脱力。綺麗に顔面への攻撃が極まればそんな所だ。
 男の視界の真ん中に人差し指を突き立てる。そうしてから無言で唯夏の肩を抱いた。
 微かに男の声が追い縋るのを無視して駅に向う。恐らくは二人を伺う幾つもの視線の中、二人は無言のまま歩き去った。
 殉徒総会のビルが遠ざかる。入った時は明るかった辺りが、今はすっかり藍色に沈んでいる。駅までの僅かな道のりを、姉を守る弟として歩く。守られる唯夏はずっとおどおどとした女性のままだった。
 無言で歩く。今日一日の成果と失敗を整理する。僅か数分、駅の燈りが視界に広がると、唯夏がゆっくり深呼吸をした。
 「あの男、一体何者だ」
 静かな瞳が向けられる。先程までのおどおどとした女の物では無い瞳を認めて、冬馬は支えていた腕を引いた。
 脳裡に、グレイのスーツと、穏やかな外見に不似合いな冷たい微笑が蘇る。今度は冬馬が深呼吸をする番だった。
 「分からん。ただ、名前は榊 継久だと言っていた。聞いた事があるか」
 いや。言葉と共に頭を振る。つややかな髪が肩口を流れる。
 「私は知らない。……調べておこう。他に何を言われた?奴のお前に対する態度は不自然だったぞ」
 長い指で頬や顎を辿られた。まるで愛しむような仕種だった。黒眼鏡の中の瞳がどんな目でこちらを見ていたのか、分からないだけに薄気味が悪い。
 「俺の事を良く知っていると言っていた。だが、会うのは初めてだと。一体どう言う事か分からない。俺はあいつを見たのは初めてだ」
 唯夏が低く唸る。
 「良く知っている……?どちらをだ?朝人なら良いが、それ以外なら事だぞ。……仲間で無いなら最初の敵になるな………」
 その通りだ。頭の中に響いた警鐘は本物だ。敵なら厄介な相手になる。
 「早急に司令官と連絡を取ろう。勝手な判断はまずい。凡てその後だ。今はここまでだ」
 その通りだ。そっと頷く。連絡はリーダーの役目であり、唯夏がリーダーだ。早急に現在の状況を上に知らせ、上からの情報を基に現状を掴んで置く必要が有る。だがそれだけだ。特に状況が悪くなった訳でも良くなった訳でもない。未知の情報が生まれただけの事だ。対応すれば良い。それだけだ。
 構内を進んでやっと唯夏が笑う。微かに口元を上げるだけの、静かな笑みだった。
 「それ以外は上手く行った。首尾は上々だ」
 「そうか?俺は良く分からないから、お前任せだったが」
 「それで良い。若い男女がカルトの餌食になる大きな理由は異性だ。今回の獲物は私なのだからこれで良い。有り難い事に二人共に入会届けも書けたしな。後は私がやる」
 手持ちのSuikaで改札をくぐる。歩いて帰れぬ距離ではないが、城野の案内で着いてしまった駅から去るには、逆の順序を辿るのが自然だろう。
 都心は地上地下の鉄道網が完全に網羅していて、どこへ行くにも苦労が無い。便利で手軽だが、どうにも冬馬は地下鉄と言う奴が好きになれなかった。闇色のガラスに映る自らの陰気な顔も嫌いだし、何より地下壕しか連想出来ないからだ。
 「後……? 後とは何だ、まだ有るのか」
 呆れた、と言う溜め息が横の女から漏れる。白いコートの下のグレイボーダーのニットが呼吸に揺れる。男にはない胸元の揺らぎに、時折女性だと言う事を思い出すが、その度に違和感を感じることは唯夏には秘密だ。共に作戦に当たるには優秀な相棒であり、リーダーでも有るが、性別とは隔絶された存在なのだ。
 ホームに滑り込んで来る電車に乗る。本来なら混む時間だが、休日の為に余裕が有る。二人並んで立つと、やはり異質なのか幾つかの目線が掠って過ぎた。会話が他者に漏れぬように、互いに少しだけ近付いた。
 「私はDINCOTEではなく、普通の日本人だ。まずは周りの期待に沿って入会届けを出す。が、後から悩んで考え直す。やはり嫌だと相手に言う。恐らく城野は私を個人で説得するか、またあの連中を使って説得するかして先の段階に進むだろう。それで初めて入会かな。後は城野に、夕麻を獲得すべく頑張って貰おう」
 なるほど。周りを気遣い、合わせ、逡巡する個性は日本人には多い。手順は面倒だが、そのやり方が無難だろう。
 「俺はその時、行かなくて良いのか」
 「必要ない。姉は弟にこれ以上面倒は掛けられないと思い、一人で行って取り込まれる訳だな。後の弟の行動は弟次第だ。お前の考えに従う。……さっきのようにな」
 含みの有る物言いに、冬馬は考え込んだ。
 「さっきのはやはりまずかったか。お前が好きにしろ、と言ったと思ってな」
 「いや、その通りだ。構わない。お前の考えで動いたのだろう。…何故殴った?」
 考え込む。これからは姉弟として動くので有るから、お互いの反応は知って置いた方が良い。二人の根本は合理主義だが、唯夏は多少は大人しい日本人女性を演じねばならないし、冬馬はそれなりに弟を演じねばならない。お互いその役の中でどう反応するかは掴んでおくべきだ。
 「俺は…お前の弟だ。お前のような姉がいたら、あんな男に任せてそれで良いとは思わない。組織が大事で、お前を二時間放った挙句、自分の目的を優先する男だ。殴られるくらい当然だ。まだ足りない」
 電車が目的駅に滑り込む。降りる瞬間、唯夏が声を上げて笑った。
 「お前に、そう言われるのは、嬉しい」
 驚いて唯夏を見る。美しく整っただけの人形。相棒としては有能だが、性を微塵も感じぬ戦士。少なくとも冬馬にとって唯夏はそうだ。そうだった。
 冬馬に比べて背の低い唯夏が、冬馬を見上げる。褐色の瞳に浮かぶ笑みに、初めて女性を感じた。
 性欲ではない、奇妙な納得が心の奥に沈んだ。
 姉弟。
 母は死んだ。父は生きてはいるが、肉親と言う物ではない。尊敬すべき保護者で、司令官だ。頼る者など無く、一人きりで生きて来た。天涯孤独で、何ら不都合は無い。そう思って生きて来た。
 「話」の期間だけの束の間の「姉弟」。非情な筈の任務に命ぜられるぬくもり。思わず笑う。
 「不思議だ。そう言われると俺も嬉しい」
 地下鉄を出る。吹き付ける夜の中で笑む。いつか、姉弟の設定はすっかり整っていた。
 

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