Light of Sensation      by hanako

−2−

 半年が経った。俺は相変わらずホストで、相変わらずバー『キッド』に勤めている。
 新しい客もたくさんついたが、馴染み客は思い出す度に俺に尋ねる。
「光、キッドはまだ帰ってこないのね。」
 適当にごまかすのを、何度も続けるうちに、さすがに気付いた。俺も客同様に彼の帰りを1日1日確認しているんだと。
 また、店長だけでなく、もう1人の存在も客には忘れがたいのだろう。俺のあの夢には店長は決して姿を見せないのに、必ず出てくるあいつの事が。
「亮が居た頃は、ウルサイ奴、と思ってたけど、居ないとさみしいわよね。」
 行方知れずの彼らのどちらがお目当てかは人によって違うが、ここで再び会える奇跡を信じて訪れる客は多い。今夜の亮好みの美人客もそんな一人だった。
 この半年、2人の話題が出るたびに光は古傷を抉られるような感覚に悩まされていた。自分もさみしいのに、口では巧みな話術で客を慰める。その矛盾から生じる胸の痛みに、光の心は少しずつ疲弊していった。
「さみしいわね。」
 さみしいと素直に言える客が羨ましかった。
 その夜もいつもの夜だった。だが、日付が変わる時刻に、いつもとは違う夜が始まった。今話題にしていた、かつてのNo1ホストがドアを静かに開けて現れたのだ。
 俺は声が出なかった。薄暗い店の中が一気に明るくなったような気がした。カウンター席に近づく姿に釘付けになってしまった俺に、女性客がその目線の先に気付く。途端に嬌声が上がる。隣に居た女性客が勢いよく立ち上がって彼に抱きつきに駆け寄った。
「亮―――!」
 久しぶりに見た彼の姿に皆が興奮して彼の名前を口々に叫ぶ。
 光もいつになく興奮していた。忘れられなかった後輩ホスト。
 蔵馬さんも驚きと共に喜びの表情が顔に浮かんだ。彼も亮を忘れられなかった一人だったのだ。
 

 最後の客が帰り、俺以外のホストが全員帰っていった。俺はその姿を見送り、店の外に出た。現れた途端派手な騒ぎを起こして蔵馬さんに追い出されたあいつがどこかに居るはずだ。話がしたかった。
 表通りの壁の陰に居た亮は、俺と目が合って手を軽く上げた。
「光先輩、久しぶり。」
「亮…。元気そうだな。」
 何と声を掛けたらいいのかわからない。夢の中でも自信たっぷりの笑顔だった亮は、現実でも同じように笑っていた。
「蔵馬さんは今店仕舞いの掃除をしている。って言わなくってもわかってる、か…。店員だったもんな…。」
「ああ。店終わったら来いって言うからさ、待ってんだ。」
 店に現れてから、何時間もここで立っていたのだろう。
 こいつはいつも一直線だ。考えに脇道が無いんだろう。単純で、人の意見を聞かなくて、だがそれなのに憎めない。夢の中でもこいつはまっすぐだった。
 思い切って訊いてみる。
「亮。お前が『キッド』に来たのは、同窓会のためじゃないって言ってたな。
 店長の、ことだよな。」
 亮は少し下を向き、へっと笑った。
「そーうだよ。蔵馬のおっさんも、光先輩も頼りになんなかったからな!あーんなちょっとの退職金でこの俺をクビにするなんて、勇気あるぜ、店長も!
 結局連れ去られちまってんじゃねーかよ。ったく。」
 ああ。亮だ。久しぶりに亮の生意気なせりふを聞いた。夢の中ではなく、現実で。
 理性や理論じゃない。感情の従うまま、素直な言葉を久しぶりに聞いた。
「え、ちょ、光先輩!?」
 ぎょっとしたようにこっちを見ておろおろしだした。
「な、泣くなよ。光先輩、悪かったよ、その。…店長第一だったからな、蔵馬のおっさんも、店のみんなも。」
 言われて初めて気付いたが、俺は泣いていた。目からスッと涙が落ちていることに俺自身驚いていた。慌てて親指で拭う。
「そんな心配すんなよ!?俺がこの半年、何もしないで生きてたとでも思うなよ。色々情報も集めたしよ、俺様が店長連れ戻して来てやるよ。絶対に!」
 なぜ、亮と話しているとこんなに心が揺さぶられるんだろう。
「すまなかった。」
「何謝ってんだよ? 光先輩。」
「店長を守れなくて。あと、お前の気持ちを考えてやれなくて。俺は、何もできなかった。」
 お前が怪我をしてまで守りたかった店長を闇に奪われるのを、止められなかった。
 お前がクビにされた時、店長から解雇したと言われた時、何も言えなかった。そう。俺は何もできなかった。
「な〜に言ってんだよ、光先輩! 光先輩はこの店ぇ守っててくれりゃいいんだよ! なんたって俺様の次の稼ぎ頭だったんだからよ。客をがっちりキープしといてよ。」
「亮…。」
 亮の言葉でいとも簡単に目の前が明るくなる。涙が出てくるのが情けなくって、横を向いた。
「あ、俺行くわ。蔵馬のおっさんにとりあえず文句言ってこなきゃ、腹の虫がおさまらねえ。それに…店長奪回にはおっさんの力も必要だしな。」
 一歩店の方に踏み出し、俺のすぐ真横で立ち止まった。こちらを見ないで少し照れたように言った。
「光先輩、ありがとな。俺、光先輩と話さなかったら、蔵馬のおっさんぜってー殴ってたわ。」
 俺もお前と話さなかったら、自分の心に気付かないままだったよ。
 俺は返事する代わりに、前から亮の肩に腕をまわした。少し下にある頭に向かって、もう一度確認する。
「亮。必ずだな!必ず店長を連れ戻してこいよ。」
「ああ、心配すんなって。必ずな!!」
 俺はその間、ここを守り続けるから。
 亮は今度こそ店の中に入っていった。
 
 店長。俺は気付かないうちに諦めていたんだ。目の前の現実を仕方ないものだと、心の願いとは別のものであっても、知らないうちに諦めて受け入れていたんだ。
 亮。お前なら出来る気がする。夢の中であんなに自信たっぷりだったのも、心の底ではお前に期待していたんだと気付いた。
 店長を連れ戻してくれ。この店に。
 店長。あなたはこの店に必要な人なんだ。
 あなたは戻ってこなくちゃ駄目だ。だってこんなに待っている人が居る。あなたが居ない喪失感は、誰にも埋められない。
 半端な俺とは違って、店長は夜の闇に呑まれてしまった。
 何の手掛かりも残さずに店長が消えた理由や何もかもが闇の中で、俺はなす術もなく立ち尽くしていた。だが、亮なら。闇を照らす太陽のような亮なら。

 必ず。
 

 亮がバー『キッド』に現れた夜以来、俺の夢は、悪夢ではなくなった。
 店長が蔵馬さんとカウンター席に立って微笑んでいる夢に変わっていた。

 

END

すみませんすみませんすみません。頂いてからざっと1年近く経っているかも知れません。
舞台は、LS本編127頁辺りのNB、と言う複雑な位置の作品です。
私が光の泣き顔が描きたい為だけに、奪い取ったブツです。HANAKOさん有り難うござ……じゃあ1年近くとっとくな自分!!