Surprise!
   by 水無月 しづむ

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「ハッピーバースデー、亮!」

 閉店後の掃除を済ませ、ようやく帰ろうとした矢先である。ロッカールームの前で光に呼び止められ、店内のソファにかけさせられた。またうるさい小言かと思いきや、いきなり歓声とクラッカーのはじける音、色とりどりの紙テープを浴びせられたのだ。
「今日、誕生日だったろ? ほら、ケーキ」
 ついさっきまで亮の床掃除に文句をつけていた店長の穂邑が、大きなデコレーション・ケーキを抱えて微笑している。
「なん、で」
 今日が誕生日であることは、KIDでは口にしていなかった。誰も気付かないはずだった。事実、今日一日誰もそんな素振りすら見せなかったのだ。まさかこんな展開が待ち受けていようとは、亮はまったく予測していなかった。
「おめでとさん」
「おう、誕生日か。少しは成長しろよ、亮」
 とっくに帰ったと思っていた先輩ホストたちが、どこからともなく現れて祝福の肩を叩き、頭をこづく。亮は右に左にこづかれながら、目をぱちぱちと瞬いた。
「亮くん、おめでとー」
 祝福の波からワンテンポ遅れて、後ろから玲が飛びついてくる。人懐こい羽交い絞めに一瞬無防備になった亮の腹に、正面からずしりと重い拳がめりこんだ。
「げ、ふ」
 くの字に曲がった亮に、無口な拳の主、冬矢がおろおろと声をかける。
「わ、悪い。まさかまともに喰うとは」
「わー、亮くん、大丈夫?」
 まだ背中に抱きついたままの玲には、おそらく元凶の自覚がない。亮は何とか笑顔を作って顔を上げる。
「へ、へーき。何とか。……って、何でもうケーキ切ってんだよ!」
 ほんのわずかな隙だったが、眼前にあったはずのバースデーケーキは彼方のバー・カウンターまで後退していて、主役が眺める間もなく小さく切り分けられている。バーテンの蔵馬がカットしたケーキを、穂邑が器用に皿に移しては店員たちに配っている。
「ちょっと、俺のケーキ! 俺まだロウソク吹き消してないって!」
 亮が怒鳴ると、アツシがケーキを頬ばりながら寄って来た。満面の笑顔から察するに甘党らしい。
「そこまでやる気だったの。発想がお子ちゃまだねえ」
「これはね、KIDの恒例イベントなの。誕生日にお客さんからプレゼントをもらえないような淋しい新人君にだけ、店長からの温情があるってわけ。ありがたく思えよ」
 ユージが頷きながら後を続ける。頬にクリームがついている。
「淋しい新人だけ……ってことは、ユージさんのときもあったんすね?」
 生意気な亮の切り返しに、ユージが手刀を飛ばす。今度は軽くステップして避けると、背中が誰かに行き当たった。
「ちなみに俺のときはなかったけどな。冴子ママに盛大なパーティー開いてもらったから」
 耳元にさりげなく自慢話を囁くのは光である。位置はさっきと同じく、亮の右背後だが、指先を舐めているところからすると既にケーキを食べた後らしい。
「あっ、光先輩まで! 俺のケーキ、みんなして!」
 地団太を踏んで暴れる亮の前に、すっとケーキが差し出された。
「ほら、亮の分。言うだろうと思って、ロウソクもつけておいたよ」
 皿の上に取り分けられたケーキには、たしかにロウソクが立っている。太いのが二本と、細いのが二本。だがケーキはさっきの十数分の一に切り分けられて、火のついたロウソクは幅二センチばかりの幅にやっと一列に並んでいるのである。ケーキ自体、倒れず立っているほうが不思議なくらいの幅だ。
「って、これ! アツシさんのより小せーじゃん! ロウソク超ムリムリ立ってるし!」
 憤慨する亮の頭を、また次々と同僚の手がこづいていく。
「はーい、亮ちゃんゴチソウ様、お疲れー」
「いい日を過ごせよ、また明日ー」
 祝福に現れたと同じように、先輩ホストたちがどこへともなく消えていく。
 要するに、そういう恒例イベントなのだろう。川上が省ゴミタイプのクラッカーを手早く片付けて出て行くと、フロアには亮と店長の穂邑だけが残された。
「だから何なんだよ、いったい!」
 亮はまだケーキを一口も食べていない。
「だからお祝いだよ。楽しかったろ? 亮」
 くすくす笑いながら、穂邑がシャンパングラスを差し出す。
「っつか、ちっとは前振りしろっつの。何が何だかわっけわかんなかったぞ」
 そうなのだ。あっという間の出来事に、亮はただ驚いていただけで、祝いの言葉に返事さえもできなかったのだ。礼も、誰に言うべきか迷うところではあるが、言いそびれている。
「そりゃあサプライズ・パーティーだからね。主役が驚かなかったら面白くない」
 つまり主役を喜ばせるよりも、思い切り驚かせて周囲が楽しむことがKID流サプライズ・パーティーの趣旨なのだろう。
「……祝おうってときに驚かすってのは、根性ひねてんぞ」
 亮がこぼすと、目を細めて穂邑は笑った。やっぱりどこか意地が悪い。
「おかげさまで。でも今日は亮も少しひねくれてたな。誕生日だって、何で客にも言わなかった? いつもの君なら、うるさいくらいしゃべりのネタにするだろうに」
 黒目がちの穂邑の瞳が、空のシャンパン・グラスを反射してきらりと光る。
「それは、別に。ただ、何となく」
 亮は思わず、ぎくりとする。そうなのだ。今日が誕生日であることを、わざと店内では口に出さないようにしていたのだ。
 昨年の誕生日には、あまりいい思い出がない。気持ちの冷めかけていた女と、新しくコナをかけていた女とが、亮の部屋でブッキングした。どちらも二人では食べきれないようなホール・ケーキの箱を持ち、春だというのに妙に露出度の高い服を着ていた。
 いったいどっちなの、と詰め寄られ、ついどっちでもいいが口をついてしまい、その場から逃げ出した。誕生日の晩は、結局友人の下宿に匿われて過ごした。
 何で女という生き物は、誕生日というと甘いケーキを持参して、二人きりのパーティーを強要し「私を食べて」と、同じセリフで迫るのだろう。どちらかと言われれば、亮は大勢でワイワイ騒ぐほうが好きなのに。
 今日、KIDで誕生日だと言いふらしていたら、ボトルの一本も入れてホテルに誘ってくれた客がいただろうか。
 亮は女もセックスも好きだが、何か違う気がする。
 二十二年も生きてきて、誕生日に今更それほど執着を持つわけでもない。それでも今年は、そんなお決まりの誕生日にはしたくなかった。自分が存在することについて、もう少し敬虔な気持ちになりたかった。
 何と言っても今日は、亮という人間が生まれた記念すべき日なのだ。
「そうだ、亮。お土産。ケーキが小さかった分」
 珍しく黙り込んだ亮に、穂邑が無造作に何かを投げて寄越した。
「君は甘党じゃないんだろ。貧乏な食卓のお供にでもどうぞ」
 受け取ってみると、たらばガニの缶詰である。どう見てもカウンターの下から引っ張り出してきたありあわせだが、丁寧に赤いリボンがかけられている。どこまでがひねくれた穂邑の照れ隠しで、どこからが素直な愛情表現なのか。
 読めない表情のまま、穂邑が二つのシャンパン・グラスに透明の液体を注ぐ。
「誕生日おめでとう、亮。君みたいなユニークな人間が生まれた記念日に乾杯しよう」
 思いもかけず、意地悪くつりあがった穂邑の唇からこぼれた気障ながらストレートな祝辞に、亮は目をまん丸に見開いた。
「うわ、マジ? うれしーんだけど、すっげー気障。そういうことシラフで言っちゃう?」
 指差して、騒ぎ立てる。さっきのサプライズ・パーティーよりさらに大袈裟な亮の表情に、穂邑の微笑が破顔に変化する。
「ほんと、退屈しないな。君ときたら。これからもよろしく、亮」
 穂邑がシャンパン・グラスの端をぶつけて澄んだ音を響かせる。
 一息に干せば酔い覚ましのただの水だったが、気持ちを見透かす穂邑の眼差しに、亮は胸のうちで感謝した。
 

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The End
 

「超ムリムリ立ってるろうそく」が描きたかったのだが、何だか普通になってしまった。
って、それがこれ程upの遅れた理由ですかA/Tさん。
すみません、しづむさん! そういう訳で1stAnniversaryに回させて頂きました。