闇に浮かぶ白い獣

            by 大樹



 しばらく時間が経ってくると、伯芳は体の奥から熱くなっていくのを感じた。自然と息が荒くなり、体中の力が抜けていく。目の前が霞みがかってきた上、口の中に唾液が溢れてくるのを止められなかった。
 何時の間にか体を押さえていた二人は離れていた。しかし、暴れるだけの力はもうない。仰向けの状態で裸体を晒していた。意識だけははっきりしているのに、体がいうことをきかないのだ。
 「ふ、うぅ」
 肩で息をし始める伯芳を認めると、広は口を塞いでいた布を取り除いてやる。
 溢れた唾液で濡れた唇から赤い舌が覗いて見えた。白皙の肌はほのかに上気して薄っすらと赤みを帯び、目じりには生理的な涙が滲んでいる。
 「小僧、確か伯芳とか言ったな。気分はどうだ?」
 黄の言葉に伯芳は辛うじて自由になる瞳を向けた。
 「さ、最あ、く、だ」
 途切れ途切れの強がりを聞いて、黄はいささか呆れる。まだそんな元気があるとは思わなかったのだ。使った薬はもちろん媚薬の一種だが、楽しむための物ではなく相手を篭絡するための秘薬である。効果は一般の物よりも数段きついはずだった。
 薬の効き具合を試すために広が胸を撫で上げてみると、びくん、と若い体は跳ね上がる。だが、伯芳は声をかみ殺した。目を閉じて、顔を背けて突然襲ってきた快感に耐える。だが、頬が朱に染まるのはどうにもならなかった。
 広は足の縄を切り解いた。右足首を掴み上げ、そこにあった礫の傷あとを舐める。薬で狂った体は過剰な反応を示すが、まだ声は上がらなかった。
 「強情な小僧だ」
 すぐにでも哀願し、擦り寄ってくる様を期待していた黄は本気で腹が立った。
 力の抜けた伯芳の足を広ともう一人が左右から持ち上げて、大きく広げさせる。あまりの格好に伯芳は屈辱に震えた。
 「玉月様、どうぞお好きなように」
 広に促されると、黄は口元に卑猥な笑みを浮かべながら足の間に入る。
 「私が初めての相手になってやろう」
 持ち上げた右足を受け取り肩に掛けると、ズボンの前を開けて勃ち上がったものを取り出して伯芳の後ろに突き立てた。
 「っあ、あぁぁーーーーーー!!」
 さすがに今度の刺激には声を押さえられずに、伯芳は叫んだ。
 「やっと、鳴いたな」
 薬で強制的に慣らされた部分は黄を拒む事が出来ずに、奥へ奥へと熱い凶器を受け入れる。
 「うぁ、はぁ、あ、」
 ただ熱かった。じわじわと侵食されていく感覚は生きながら喰われていくような錯覚を与える。それにも関わらず、それを悦んで受け入れる体に伯芳はたまらず顔を左右に振って正気に戻そうと足掻いた。ようやく望んだ反応を見せ始めた伯芳に満足して黄は激しく揺さぶった。
 「あ、う、あぁ、や、」
 一度開かれた口は閉じる事なく、咽喉の奥から悲鳴と喘ぎ声の中間のような声を発する。薬の効果と与えられる未知の快感が伯芳の精神を蝕んでいく。
 白い体が引きつり、跳ね上がり、のたうつ様を周囲の男達は固唾を飲んで凝視していた。
 「哀願すれば可愛がってやってもいいぞ」
 黄は耳元でそう言った。その言葉は促すためではなく、逆に正気づかせるための言葉だった。
 「だ、れがっ」
 黄は伯芳の股間に手を伸ばして、すでに勃ち上がっているものに指を絡める。一番敏感な箇所に軽く爪を立てられると、強烈な快感が伯芳の体を駆け巡る。
 「ひっあ、や、やっ」
 額の汗が顔が振られる度に飛び散る。汗で張り付いた前髪をかき上げて、黄は伯芳の顔を覗き込んでから唇に噛み付いた。
 一端強く吸い上げてから、舌を入れて口内を丹念に味わう。
 おぞましい、と嫌悪しながら体の奥からの変化に伯芳は戸惑った。意思に反して体の方は快楽を悦んで迎え入れようとしている。
 「そんなにいいか? どんどん吸い付いてくるぞ」
 そう言われて後ろの秘部が黄のものを求めて蠢いている感触をリアルに認識してしまい、伯芳は総毛立つ。まるで自分がもう一人いるような、そんな感じだ。
 「ここは素直だ。こんなにも悦んでいる」
  黄は伯芳のものを強く扱いて、さらに追い詰めようとする。だが、達する事ができないように根元を広が押さえた。
  こんな状態がいつまでも保つわけがない。伯芳は処理しきれない快感に気が遠くなる。
 「あ、ああっ、ん、んーー」
  声が艶を帯び、瞳が妖しく潤み始める。頭の中では快感で一杯になり、目の前の男にすぐにでも媚びてしまいそうになっていく。
 「イきたければ、『お願い』するんだな」
  目の前が真っ暗になっていくのを伯芳は感じた。その暗い、暗い心の闇の中に、快楽を貪ろうとする一匹の獣が理性の鎖が引き千切られるのを今か今かと待っている。
 自分の中に棲む「獣」の息遣いを感じて、伯芳は恐怖した。
 「い、いやっだ、やっ、あ」
 このままいってしまえばどうなるか分からない。だが、肉体も精神も限界だった。
 黄がひときわ強く突くと、伯芳はもう耐えられなかった。
 「はぁっあっ、もうっ、い、いかせて、お、願いっ」
 言ってしまうと、獣が舌なめずりをして頭をもたげたような気がした。
 のけぞりながら喘いだ伯芳に満足し、黄は広の手を外させる。すると間髪いれずに伯芳は黄の手中で己を解放してしまう。それと同時に伸縮した後ろに黄も伯芳の中で精を放った。
 体内に注ぎ込まれる熱い迸りに軽い痙攣を伯芳の体は起こす。
 屈辱感よりも解放感の方が強く、再び脱力して床に転がると白い肌は汗ばんで照明を反射した。
 悔しいのか、快感のためなのか伯芳の瞳から涙が零れる。体全体で大きく喘いでいる伯芳の姿に黄は咽喉の奥で笑った。
 「さて、後ははお前達でしっかり教育してやれ」
 黄は身なりを整えると、部下に言った。
 今まで見ているだけだった男達は餓えた獣のように伯芳の体に群がった。
 一度開花した体は難なく男を受け入れ悦んだ。
 腕を戒めていた縄も解かれて、四つんばいにされたまま伯芳は突き上げられた。口から出るのは女のような嬌声と化している。
 「ん、あ、はぁ、あん」
 赤い舌がちらちらと覗く口に一人が己の物を咥えさせると、舌が艶かしく動き出す。興奮している男達は決して技巧的には拙い動きでも屈服させるという暗い欲望から思い思いに達していった。
 口の中に吐き出された物を飲み込めずに伯芳は激しく咳き込む。口の端から白い液体が滴った。
 後ろからもあふれ出た男達の精と、自身が放った精が混じり合って下半身を濡らしている。
 「欲しいかよ、おい」
 「う、ん、欲し、い。もっと、入れて」
 問われれば、甘ったるい声で答える。
 「ここはどうだ?」
 「いいっ、そこ、もっと突いてっ」
 その様は淫乱な娼婦そのもので男達の嗜虐心を更に煽る。
 代わる代わる体を弄ぶ男達に腰を擦り付け、足を開く伯芳の痴態を見て、黄は薄ら笑いを浮かべながら後を広に任せて部屋を後にした。
 殺してからよりも、あのままの伯芳を朝民に送りつける方がいいかもしれないと思った。仮にも幼年時代からの腹心だ。あの生意気な顔がどう歪むか想像するだけで黄は愉快だった。
 
 
 何回、受け入れたかもう分からなかった。何回、イカされたのか覚えていない。
 男達は道具まで使って、伯芳を責め続けた。伯芳を捕らえてから丸一日、嬲り続けたのである。
 ようやく伯芳が解放されたのは次の日の夕方だった。
 冷たい床に放り出された伯芳は気絶しているのか、横たわったままピクリとも動かない。とりあえず、監視にひとりを広が指名すると他は皆、部屋から出て行った。
 しばらくは何事も起こらず部屋は静けさに満ちていた。
 そんな中で部屋の隅に置かれたテーブルに着いて、差し入れの酒を飲んでいた監視役の男は伯芳がこちらを向いているのに気がついた。
 茶色の髪が汗で肌に張り付いている。やや細められた瞳は濡れたように光っていた。赤い唇は心持ち開いて微笑んでいるように見える。
 「なんだ、誘ってんのか?」
 酔いも手伝って、男は再びその伯芳の姿に欲情していた。酒を瓶ごと抱えて伯芳に近づく。体を屈めると白い二本の腕が首に巻きついてきた。
 「正真正銘の淫売になったな、お前」
 瓶を置くと、男は覆い被さって唇を吸った。
 その瞬間、伯芳の瞳に強い光が戻った。
 男の体が弾かれるように離れると、赤い液体が口から溢れ出す。悲鳴を上げる寸前に伯芳は手元にあった酒瓶を掴み、男の頭部めがけて力いっぱい振り下ろした。鈍い音とともに、ぱっ、と血飛沫が舞い、男が倒れる。伯芳はさらにもう一度瓶で男の頭を殴る。何かがつぶれたような音がして男は絶命した。
 それを確認すると伯芳は口の中の物を床に吐き出した。たった今噛み切った男の舌だ。
 「淫売で悪かったな」
 口に付いた血を親指で拭い、手にした酒瓶をそのまま呷って口の中をゆすいだ。強いアルコールの匂いが鼻をつく。伯芳はだんだん気分が高揚していくのを感じた。疲れ切っていたはずの体に力が蘇ってくる。
 倒れた男は銃を一丁持っていた。それと男の上着を奪うと、部屋の隅にあるイスから古いクッションを手にする。
 時間的にはそろそろまた仲間が来るだろうと伯芳は考えていた。監視役の交代か、また犯しにくるのかはどうでも良かった。
 上着は袖を通さずに肩にひっかけただけの格好で、伯芳は入り口の側の壁に寄りかかって、体を休める。
 「好き放題やってくれたな」
 体のあちこちに残滓がこびりついている嫌悪感に伯芳は顔をしかめる。怒りは容易に殺意へと変わっていった。そしてその殺意を抑える必要はどこにもない。すでに一人を殺した今、ぐずぐずしていたら今度こそ殺されるだろう。
 しばらくして、こちらに向かってくる足音が聞こえた。幸い一人のようだった。
 伯芳としては順番に各個撃破の方が都合がいい。
 ノブが回る。伯芳は肩に掛けた上着に手を伸ばした。
 ドアが開き、倒れている仲間を見て駆け寄ろうとしたところに上着を頭から被せる。そのまま床に引きずり倒すとクッションを頭の位置に置いてから銃をその上から押し付ける。躊躇う事なく引き金を引いた。通常よりも抑えられた銃声がすると同時に倒れた体は一回痙攣する。そして動かなくなった。伯芳は被せたクッションと上着を剥いで、男の死亡を確認する。
 「これで二人」
 新たに葬った男の体を調べて、銃の弾倉と上着を奪う。今度は袖を通して着た。ポケットに予備の弾倉を入れると、注意深くドアから外の様子を窺う。
 何の反応もないことからどうやら気がつかれなかったらしい。廊下に窓はなく、突き当りに上り階段がある事からここは地下室らしいと、伯芳は判断する。
 そして先ほどから黄の5人組しか顔を見ない事から、ここは黄の個人的な「隠れ家」なのだろう。仮にも朝民の部下を連れ込むのだから、他の者達の目が届かない場所でなくてはならないはずだった。
 そうなると。
 「ここで何をしても、外部にばれる心配はないわけだ」
 そう、例え伯芳が黄を殺害したとしてもすぐには露見する事はないのである。
 裸足だと靴と違って足音をそんなに気にしなくても済む。伯芳はゆっくりと廊下を歩き、階段を登っていった。一階に上がると、注意深く辺りを観察する。
 伯芳は壁に沿って動き、人の気配を探る。今の感覚はどうもあの秘薬のせいか、いつになく敏感だった。
 湧き上がる衝動は「性欲」ではなかった。体内を駆け巡る血のたぎりは「闘争本能」からくるものだ。
 肉を斬る感触が欲しい、と伯芳は思った。殺すならば銃よりもナイフが良かった。もしナイフが無ければ、爪で歯で相手の咽喉を掻き切るぐらいの事をしそうな欲求に思わず身震いする。
 男達に蹂躙されていた時とは違う興奮を覚え、伯芳は大きく息を吐いた。
 これも薬の効果なのか?
 人龍となって、朝民の側にあって、もはや人を殺すのに躊躇いはなかったが、心の底から「殺したい」という欲求は感じた事はない。
 だが今はたまらなく、体が熱かった。
 神経が過敏になっているため、容易に人の気配を察した伯芳は足を止めた。ひとりがこの奥の部屋にいるようだ。そっと、ドアに耳を付けると水音がした。シャワーを浴びているようだ。
 ノブを捻ると簡単にドアが開いた。伯芳は猫のような足取りで室内に滑り込む。
 ソファに無造作に掛けられた衣服からこの部屋の人物が広だと分かった。その衣服の下から皮製のホルスターに納まった銃と、自分の使っていたナイフが覗いている。
 無意識のうちに唇を舌で舐めて、伯芳はナイフを手にした。
 浴室のドアを開けると、初めて広が振り向いた。こんな至近距離になるまで「敵」に気がつかなかった事などなかっただろう。その瞳は驚愕の色だけだった。
 「いろいろなご教授ありがとうございました」
 言った伯芳自身、驚くほどの冷たい乾いた口調だった。そのまま手にしたナイフが広の胸に吸い込まれるように沈む。
 何か言おうと開きかけた広の口を伯芳は自分の口で塞ぐ。広はくぐもった声を発したが、それもすぐに止み、代わりにかすかな鉄の味が伯芳の口の中に広がった。タイルの上の水に広から流れ出た赤い血が混じっていく。
 伯芳は血の味をしばらく堪能すると唇を離して、心臓に突き立てた刃を抜く。一気に血臭が狭い個室に充満した。
 力をなくした広の体がずり落ちると、横に除ける。伯芳は着ていた上着を脱ぐと、そのままシャワーを軽く浴びた。汗と精液と血で汚れた体を手早く清めると、浴室を後にする。バスタオルで濡れた肌を拭うと適当に広の服を選んで身に付けた。
 さすがに靴のサイズは合わないので、裸足のままで我慢する。伯芳は妙に落ち着いている自分に苦笑した。波止場での緊張が嘘のようだった。
 その時、慌てたような叫びが聞こえて走ってくる音が聞こえた。どうやら黄の最後の部下が地下室の現場を発見したらしい。
 広の部屋に来るのは明白だった。もし、黄が香主になれたならば広は副香主になっていただろう。必ず広の指示を仰ぐためにここに来る。
 伯芳は銃を点検し、ドアの横に移動した。
 「広、小僧が逃げ出したっ! 二人が殺られっ?!」
 入ってくるなり、そう叫ぶ。しかし、冷たい塊を後頭部に感じると男は黙った。
 「三人、だ」
 男の言葉を伯芳は短く訂正する。
 「広、まで?」
 「浴室」
 今すぐにでも殺してやりたい衝動を抑えながら、伯芳はことさら冷たく答える。
 「黄玉月はどこだ?」
 「お前、どうして、動ける?」
 「質問に答えろ。私はお前達の下らない質問に答えてやっただろう?」
 囁くように言うと、伯芳は男の首筋を舐め上げた。頭の隅では素面ならば到底出来ないな、などとこの場ではかなり外れた事を思っていた。
 この変貌振りに男は心底、脅えた。
 「案内、しろ」
 虎に睨まれた動物のごとく男は一切の抵抗が出来ないまま、伯芳を二階にある黄の書斎に連れて行く。
 「ここか?」
 低い声に男は無言で頷く。それを聞くと、伯芳はナイフを左頸部から鎖骨の間に刃を垂直に立てて突き刺した。難なく刃は心臓に達して、男に死が訪れる。
 返り血を浴びないように注意しながらナイフを抜くと、伯芳は扉をノックした。
 「広か、入れ」
 黄の返事が室内からした。
 ドアを開けると黄がこちらに背を向けて、どこかに電話をしている姿が目に映る。
 いくら自分の領域といえども、入り口に背を向けるような奴は長生きしないな。朝民はそんな馬鹿な真似はしない。だからこいつは「敵」にもならない。
 伯芳は呆れて口元に笑みを浮かべた。
 「・・・そうだ、まぁささやかなプレゼントでも贈ろうか? 朝民」
 その言葉に伯芳は反応する。電話の相手は朝民なのだ。
 大方、自分の死体なり、首なり送りつけるつもりなのだろう。それをわざわざ朝民に連絡しているのだ。そんな事で心を乱される朝民ではないのに・・・。
 「楽しみに待っていて欲しいものだね。君のお気に召す物だから」
 得意気にそう言う黄に伯芳は静かに近づいて、背後から頭部を胸に抱く。そして右手のナイフを前に回して首筋に当てた。
 突然の事に、黄の手から受話器が滑り落ちる。
 「黄大人。夜分遅くまで申し訳ありません。すぐに失礼させていただきます」
 この時ばかりに伯芳は丁寧なご挨拶を口にした。
 「あ、な、何故・・・部下は、どうした?」
 「あまりに激しかった行為のせいか、皆さんお疲れのご様子でしたのでお休みになっています」
 「う、あ、待て。いや、待ってくれ」
 「ああ、それと不躾ながらご注意させていただきます。あまりあのような怪しげな薬は使わない方がいいかと思われます。あの薬はどうやら性欲を引き出すというより、『獣性』を呼び覚ます効果があるかと判断します。おかげで私は本来以上の感覚を持ちましたし、同時に体力と気力を得る事ができました。今の私はまるで花を摘むかのように簡単に大人を殺せます」
 柔らかな口調が返って、伯芳の精神状態を如実に表していた。危険な肉食獣をわざわざ覚醒させてしまったのだ。
 しかもこの獣は血に餓えていた。
 「ご存知でしょうか、黄大人? 心臓を一突きに刺されるとそんなに苦しまずに死ねますが、首を掻き切られると窒息状態に陥って悶え苦しむんです・・・こんなふうに」
 伯芳は刃先を黄の首にめり込ませて横に引いた。
 「ぐ、が、ががぁぁぁーーーー!!」
 首から血と空気を漏らしながら黄は椅子から転げ落ちた。
 両手で咽喉を押さえるが何の効果もない。突然、呼吸が出来なくなった苦しみに床をごろごろと転げ回ってもがく。何度も何度も血塗れになった体を床に壁に叩きつけて後、黄は激しく痙攣した。
 そして唐突にすべての動きを停止する。
 その一部始終を冷めた目で見つめていた伯芳は取り落とされた受話器を手にとって、その先にいる「君主」に声を掛けた。
 「朝民?」
 『お前、誰だ?』
 「朝民、どうしたんだ? 私は伯芳だ」
 『俺の知ってる伯芳はあんな言葉遣いしないぞ』
 ごもっともな意見を聞いて、伯芳は苦笑した。確かにそうだった。
 「済まない、少し薬のせいで変なんだ。ひどく好戦的で残酷な気分になってる」
 『そうか。迎えは必要か?』
 「いや、いい。頭を冷やしながら帰る」
 『では、そうしろ。だが早く帰って来い。ああ、ところで黄は何を俺に贈るつもりだったんだ?』
 そう問われると伯芳は床に転がった死体を一瞥して笑う。
 だめだな、まだ薬が抜け切らない。
 「黄大人は自分自身の首を朝民に贈るつもりだそうだ。持って帰ろうか?」
 『は、あんな奴の醜い首なんかいらない。生ゴミが増えるだけだ』
 「そうだな。適当に焼却して帰る」
 『・・・本当に大丈夫か? お前、人が違ってるぞ』
 「我ながらそう思う」
 伯芳は電話が切れると、乾ききらない髪の毛をかき上げる。頭を左右に軽く振ってから、玄関から外に出た。ガレージに車を見つけ、キーとガソリンがあるのを確認してから、予備のガソリンの入ったポリタンクを再び家に運びいれる。
 玄関ホールの中央に置くとドアを開け放したまま外に出る。そして手にした銃を構えて、ポリタンクを撃った。
 ぼん、という音とともに爆発が起きて、赤い炎が膨れ上がる。瞬く間に火は他の可燃物に燃え移り、家は赤く染め上げられた。
 「さて、帰るか」
 伯芳は車に乗るとゆっくりと発進させる。どこか大通りに出れば現在位置が分かるだろう。もうそろそろ薬の効果が切れてくれないと困る。
 伯芳は車を走らせながらそんな事を考えていた。
 

END

………!(ぷるぷるぷる)
はぁ〜〜ん、色っぽいんだあ、伯ちゃんって。穂邑に「前も後ろもバージン」ってからかわれていたけど、憎いねこのっ。
……ない! こんな事は断じてない!!
ご安心下さい。分かっております。だって、君を懐柔する意味何も無いもの。李は生かして置いて利用しようと思う人も多いだろうけど、君は捕まったら直ぐ殺されるタイプだ。大体、こう言う嬲り方には滅茶苦茶弱い人だし、潔さを求める君は生きてないだろうね。世渡り下手だし。根性無しだし。(あっさり)
…………。(どさくさ紛れに言いたい事を言われていると分かってきた)
しかも、唯一取り柄の拳法もよわ。
(鉄拳制裁)
  評価点(10点満点) A/T酷点:9伯芳怒点:10